・・・・・・・っということで、これを書いたらある方面からバッシングされるかもしれない。
AKB48を代表とするアイドルを量産するビジネスモデルのことである。
ぼくははっきり言って嫌いだ。
何が嫌いかというと、少女たちを食い物にするモデルだからだ。
餌はアイドルになれるという夢である。
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彼女らのグループについてぼくは何を知っているというのか。
何も知らない。
一人もメンバーの名前を挙げることも、曲名を挙げることも出来ない。
ただ持っている知識は、「あまちゃん」で描かれた舞台裏だけだ。
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それでも語りたい。
何故なら、明らかな粗製乱造だからだ。
粗製乱造の結末は大量の廃棄物である。
卒業という美名で去っていけたならまだマシだ。
多くはいつの間にか使い捨てにされているはずだ。
去っていく者への、唯一のお土産は「かつてメンバーの一員だった」という肩書きだけだ。
大量廃棄の中にあって、そんな肩書きがいつまで通用するというのか。
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それでもあこがれる女性は後を絶たない。
きちんと歌やダンスを練習すれば、報われると信じているからだ。
激しい競争に晒されることも承知の上での入団(?)だ。
ぼくはそれを否定しているのではない。
同じようなビジネスモデルを採っている宝塚歌劇団は大いに評価しているからだ。
しかし、AKBナンチャラと宝塚を比較してはならない。
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最近問題視されているAVスカウトのやりクチは明らかな犯罪行為である。
少女たちの夢を食い物にして使い捨てにしている点で、AKBナンチャラと彼らのどこが違うというのか。
宝塚はちゃんと育てている。
だから入団するときのハードルが高いのだ。
格調が高いのだ。
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もちろん需要があるから供給があるくらい知っている。
時代のニーズに応え、さらにニースを作り続けている秋元某はその点で天才といえるだろう。
しかし、そろそろ還暦を迎えるという彼は大人の格調というものを具えていないようだ。
いかにも浅ましい。
陳腐な歌詞を供給して、自らを芸術家と認識しているらしい。
粗製乱造を繰り返し、日本の若者が行くべき未来像を彼は考慮していない。
まるで共産党のようだ。
次々と目先を変え、このビジネスモデルが飽きられるまで止めないだろう。
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このビジネスモデルの行き先は決まっている。
あまりの大量供給に市場が消化不良を起こすのだ。
そこに至る道端には、名実ともに使い捨てられた少女たちの残骸が累々と転がっているのだ。
ぼくが言いたいのは、品位を保てということだけである。
そのためには規模を縮小するしかない。
それが品位を持った大人というものだ。
以上、まだまだ言い足らないけれど、ぼくが言いたいことは誤解せずに伝わってほしいと思う。
もちろんであるが、ファンやメンバーを誹謗する意図はまったく無い。