・・・・・・・っということで、「無」って考えれば考えれば考えるほど不思議ですね。
そもそも「無」って何もないことでしょ?
何もないのに名前がついている。
無ってどこにあるのと聞かれれば、どこにもない。
無いものは無いとしかいえません。
人間は死んだら無になるじゃないかと説明されても、そもそも人間はこの宇宙にある材料を寄せ集めてで作られたもの。
寄せ集められたものがバラバラになっただけで、消えてなくなったわけじゃない。
「無」と同じように不思議なのが「時間」。
ぼくは、時間っていうものは無いんじゃないかと思うようになっています。
あるのは「変化」だけで、その変化を計る基準が時間であってそれは人間の都合によって作られたものだと。
時間という言葉を作ったばかりに、過去とか未来なんていう流れとして考えてしまうのじゃないでしょうか。
未来は自分の前にあり、過去は自分の後ろにあるなんてね。
あるのは現在だけです。
今現在あるものは全て変化している。
変化しないものは何も無い。
その変化して行くものを観察して、その変化を時間という尺度を使って変化の量を計っているだけ。
「死」とはを考えるときの2大要素である「無」と「時間」。
結局、両方とも無いんだとしたら、「死」も無いんじゃないかという結論はどう?
^m^