・・・・・・・っということで、時間の不思議について考えています。
前のブログでぼくは船に乗って東に向かいながら、日本に住んでいるときより22分短い一日を過ごしていました。
それでも1日であることには変わりありません。
すると東に向かって永遠に一日が短くなっていくのかというとそうじゃない。
日付変更線で24時間足され1日分昨日に帰ってしまうのです。
不思議と言えば不思議でしょうが、不思議でもなんでもないですね。
地球が一回転することを1日とし、それを24で割って1時間としたのです。
一回転する基準を設けなきゃいけないので、グリニッジ天文台をとおる経度線を子午線とした。
もちろん1時間を60で割って分とし、分をまた60で割って秒としました。
これをぼくらは「時間」と称しているのです。
でも、良く考えると時間は人間が地球の自転を元に勝手に決めたことです。
「時間」は人間が名付けた言葉に過ぎないのです。
ここで大胆なことを言っちゃいますが、【時間は存在しない】と。
時間なんて無いと言えば、頭がおかしくなったんじゃないかと思われそうですね。
でも、今まで書いてきたように、「時間って単なる約束事」じゃないですか。
たまたま地球がこの自転速度で回っているから、都合よく24で割った時間という単位を使えば便利だ・・・でしょ?
他の天体に知的生物がいて、その惑星は地球で言うところの1週間で1回転していたとします。
するとその惑星上では1日は24×7=168時間ですね。
その惑星に住む知的生物は、地球人とはずいぶん違った時間を過ごしているはずです。
星の王子様が生まれた星はもっと短い時間で自転していましたね。
すると宇宙には様々な時間が存在することになりますね。
ぼくが疑っているのは、そういう惑星に住む生物も「時間」という概念を持っているのか?ということです。
・・・・・・・つづく。