・・・・・・・っということで、そうかあれから23年が経ったのかぁ~と感慨深く思い出します。
1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒、寒い朝だったんですね。
2011年3月11日の東日本大震災に比べ、だいぶ風化してしまっていますね。
あの朝、TVを点けたらいたる所で火災が発生している映像を見て、なす術もない無力感は忘れることは出来ませんね。
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そんな感慨にふけっていたら、今頃になって突然怒りが湧き上がってきました。
県外の消防車が多数集まってきたけれど、消火ホースのジョイントの規格が異なり、十分な消火活動が出来なかった事実。
何よそれ。
ぼくらは部外者だから、そんなこと知らなかったけれど、それって専門家である消防の怠慢でしょ?
防災計画や訓練ていうものは、机上では判らない不備を発見するために行うのですよね。
ホースのジョイントの規格が違うことに気付かないってことは、専門家である消防の大失態だよね。
その後、規格を統一したからって、その怠慢のために命を落とした人、財産を失った人に対する責任は残るよね。
なんという想像力の欠如。
なんたる本気度の無さか。
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まあ、消防についてはぼくは専門外だけど、あの時ヘリコプターによる消火活動がなされなかった不可解さ。
ヘリコプターについては多少の知識があるから言うけれど、あのとき自衛隊のヘリ部隊が空中消火のために待機していたんですよ。
なぜ実行されなかったかのその理由は:
空中から大量の水を投下したら、その衝撃で人が怪我をしたり死亡する危険があるというものでした。
また、消火で海水を使ったら、所有者からクレームが来る恐れがあるというものでした。
馬鹿か?・・・・と言いたい。
その筋の専門家たちは責任逃れをするために、震災後にマネキンの上に水を投下する実験までしているのですよ。
もう一度言いたい・・・・馬鹿か。
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想像力のなんと乏しいことよ。
防災に必要なのは、想像力でしょ。
想像してみて欲しい。
あのとき多くの人たちが建物の下敷きになり、動けなかった。
そこに火災が生じたのですよ。
だんだん近づいてくる炎を見ながら動けずに焼け死んでしまった人たちの無念を想像してみたまえ。
日本人は専門家のくせにナアナアを期待しすぎる。
そして、国民もナアナアで済ませてしまう。
災害というものは常に人間の裏をかくものです。
しかし、ホースのジョイントと空中消火については絶対に予測できた。
これほど明確な怠慢があった事実を、23年後のいま誰もが忘れ去ってしまっている。