長篠城 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、長篠城址。

設楽原での決戦前に織田側の長篠城を武田軍は取り囲んでいます。

なかなか落とせずに手こずっています。

見学するぼくの興味はその手こずった理由探しです。

設楽原資料館と共通券を買えば割引になるし、さらにJAFの割引も使えます。


戦国時代の城は、いわゆる天守閣をイメージすると間違えます。

砦と表現したほうが良いでしょう。

ですから、長篠城はお金をかけて復元する意味はありません。


それより、自然の地形を如何に巧みに使ったのかを見るべきでしょう。

↓ご覧の通り三角形の上2辺は川で囲まれ、下の1辺を強化すれば良いことが分かります。


下の1辺がこの空堀。↓



上の2辺は想像以上の急な崖です。↓

遠方の山々には5ヶ所の武田軍の見張り砦があって、織田側の別動隊に急襲されました。

その騒動に武田軍が驚いて設楽原の戦闘開始の切っ掛けとなりました。


↓この下も切り立った崖ですが、対岸に鳥居強右衛門(すねえもん)が磔になった場所らしいです。


鳥居強右衛門についてはお調べください。f(^_^;

この絵図を見た人も多いでしょう。


長篠城は小さな城塞でしたが、自然を巧みに利用したため武田軍が攻めあぐね、兵糧攻めという時間を消費させる作戦に切り換えざるを得ませんでした。

このため織田側の戦力増強のための時間を稼ぎました。

小さな城といえども、勝敗を大きく左右する働きをした良い例ですね。