三方原古戦場 | so what(だから何なんだ)

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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、浜松の三方原の古戦場を訪問。

昨日のことです。

もちろん何もありません。

碑が立っているだけです。


そもそも古戦場なんて何の変哲もないスペースです。

そこに実際に立ってみて、想像を目一杯膨らます場所なのです。

ですから、歴史に興味がない人にとっては誠につまらない場所なのです。

関ヶ原のように未だに開発(?)されていない場所ならイメージが描きやすいです。

しかし、愛知県の東海道筋なら、大いに開発し尽されています。

そこらじゅう民家だらけ。

古戦場にただ一人立って、風のなかに、つわものたちの時の声に耳を澄ますなんて芸当は出来ません。

それでも何とか観光スポットとして観光客を集めたい。

貴重な市民税を突っ込んでこういう資料館を建てる。


ガラッと扉を引いて中に入ると、案の定閑古鳥状態。

おっさんとおばさんが喜び勇んで出迎えてくれる。

無理やり18分の案内ヴィデオを見さされる羽目になる。


ところがどっこい、ぼくが入ったあと次々に客が入館するではないか。

そうなんだよねぇ~、ぼくには何故か客を引き寄せるパワーがあるみたい。

店とかでも起きる不思議な現象。

↓ジオラマは良くできていました。

色付けは小学生にさせたらしく、黄色とかピンクの馬なんかがいるのはご愛嬌。


負けに負けた徳川家康だったけれど、夜襲を仕掛け、休息中の武田信玄軍をこの崖に追い落とした場所とのこと。↓


確かに深い崖が残っている。↓


多くの武田軍が死んで暫くのあいだ、谷底から怨念の声が聞こえたため、供養する躍りが現代まで伝えられているって伝説。

しかし、これは完敗した家康側が一矢報いるために誇張した話のように感じられる。

なんたって浜松じゃあ家康は軍神なのだから。


家康が逃げ帰った浜松城は結局攻め落とされず、信長軍の救援が来たとの噂で信玄は方向転換したらしい。

そんな話を二人の職員は息せき切って説明してくれるのでした。

おじさんのほうは予想外の入場者に気をよくして館内を飛び出し、任務外の解説に熱が入るのでした。↓


このあとは浜松城へ続く。