・・・・・・・っということで、火傷のあとはどうなったか、写真をアップすることは止しておきます。(^^ゞ
さて、四国を巡っていると、「長宗我部(ちょうそかべ)」という名前を必ず聞きます。
土佐(高知県)を支配していた氏族です。
彼のことは司馬遼太郎の「夏草の賦」を読めば詳しく分かります。
当主であった長宗我部元親(もとちか)は土佐だけでは飽き足らず、四国全土を支配するために侵略を始めます。
20年の歳月をかけてそれは成功します。
ぼくの生まれ故郷の伊予藩も毛利を頼ったものの、占領されてしまいます。
四国の歴史を語る上で、重要な名前だったのですね。
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ぼくが不思議に思うのは、なぜ戦国時代はこんなに面白い時代だったということ。
戦国時代は15世紀末から16世紀末の約100年間を指し、室町時代と安土桃山時代に挟まれた1467年(1493年)– 1590年をいうようです。
武士の時代はもちろん鎌倉時代に始まっていたのですが、室町時代末期の応仁の乱以来、日本各地の領主たちは覇権を握るために争ったのです。
その中で活躍した武将は数知れず、長宗我部元親もその中の一人です。
ある者は全国制覇を目指し、ある者は領地を増やすべく戦いました。
もちろん、生き残るための戦いもあるでしょうが、好戦的であったことだけは確かでしょう。
元親の場合、土佐に留まっている限り防衛は問題ありませんでした。
尤も、攻められるほど魅力ある土地ではありませでしたから、戦国の世にあっても好んで侵略を開始する必要はなかったのです。
彼の動機は単純です。
全国制覇したい・・・です。
そんな彼を、土佐の民衆も支持しました。
・・・なぜ?
その結果、20年間で2万という県民(藩民?)が犠牲になり、最後は秀吉に破れ侵略開始以前の状態に戻ってしまいました。
なぜ、この時代の人々はリーダーも民衆も好戦的だったのでしょうか。
江戸という安定した封建時代を築くにはこれほどの争いが必要不可欠だったのでしょうか。
今の時代だから戦国時代が面白かったとのん気なことがいえるのでしょうが、その時代の人たちは必死だったのは間違いありません。
ですが、必死だったからこそ、面白い時代になったとも言えるのです。
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後世の人たちが今の時代を振り返り、面白い時代だったと評価するのでしょうか?
それともつまらん時代だというのでしょうか?
皆が必死に生きていた時代だというのでしょうか?