・・・・・・・っということで、アイヌ民族博物館の展示物を見学していると、ベレー帽に鼻髭のおじいさん係員が立っていました。
アイヌって民俗学的にどんな種類に属すんですか?と質問してみました。
すかさず、民俗というのは固有の文化によって分けられるものですとの返答が返ってきて、おっ!この人は只者じゃないと分かりました。
ぼくが聞きたかったのは人類学であって、どんな人種に属すかというものだったのです。
まだ大陸とつながっていた3万年前頃に北からマンモスを、南からナウマン象を追い求めてきた人類だそうです。
その後、海面の水位が上がり日本に取り残された人々が祖先です。
・・・ってなことをスラスラ答えるので、前職は?と聞くと、考古学者であり、大学で教鞭をとっていたし、この博物館の設立から携わっていた初代館長だというではないですか。
もちろん質問攻めにしましたヨ。^m^
1)展示物に農耕のシーンがないのは狩猟採集で生活していたこと。
これだけ北ですからアタリマエですね。
主食は、ユリ科の根の部分、鹿、サケの三つ。
特にユリの根は澱粉が多いとのこと。
2)なぜ文字を持っていなかったのか?
世界中で文字を持つのは農耕民族のみであること。
そりゃぁそうですね。収穫した作物を皆で公平に分かち合うためには、作物の記録が必要ですからね。
3)縄文人であったこと。
集落の単位は小さく、地域全体を支配する人物はいなかった。
まとまるのは松前藩が支配するようになって、何度か抵抗戦争が起きた。
そもそもは平和な民族であること。
争いを表す単語は少なく、あってもせいぜい隣の娘を横取りするときにおきる諍いていどのもの。
4)交易が盛んだった
昆布というのはアイヌ語で、沖縄にまで輸出していた。
その他、毛皮取引等でロシアとも交易していた。
鉄器の導入も早く、柔軟な考えが出来る人々。
5)歌や踊りを見ると、アメリカインディアンとの共通性を感じるのだが?
確かに、ベーリング海峡を渡っていった人類だから人種的に共通なのは間違いない。
しかし、歌や踊りはもう「人間だから」と説明するしかない。
足や手拍子でリズムを刻むのな、人間がもともと持っているDNAの仕業としか思えず、世界中で似るのはアタリマエ。
不思議なのが、それが伝わって広まるのではなく、同時発生的に世界中で起きること。
たとえば、機織りの道具など世界中で使われているが、何も特許を主張するようなものではない。
6)神について
アイヌの人々は動物でも人間でも、体の中にカムイという霊が宿っているっといって脇の熊の剥製をポンポンとたたく。
死んだら、そのカムイが神の元へ戻っていく。
生きているうちに善行を積めば、また何らかの形でそのカムイがどんな形の動物であれ現世に戻ってくることが出来る。
アミニズムといってしまえば元も子もないが、実に受け入れやすい考え方。
7)アメリカインディアンやハワイ原住民のスピリチャルと共通するものを感じるが
現在のアイヌの人口は混血が進んで、当然詳しくは掴めない。
しかし、アイヌが持っていたそういう精神というのは残していきたい。
アイヌ式の生活を続けていれば、北海道全体でもせいぜい2万人が限度。
自然が与えるものだけで生活するのはその程度の人口。
それが少なくなったとはいえ、今じゃ550万人ですからね。
いかに、人類が無茶な世界になっているか分かる。
そんな中、スピリチャルなものに憧れるのは当然かも。
そのほかいろいろと話を聞き、30分以上も彼を占有してしまいました。
相手もまんざらうっとおしいとは思わなかったでしょう。(^^ゞ
今回の旅行での大きな収穫のひとつでした。(^^)v