・・・・・・・っということで、縁側で爪を切っていると、ソファーでコーヒーを飲んでいた細君がつぶやいた。
妻 最近の若い人は吝嗇という言葉を知らないみたいですね。
夫 吝嗇ってそもそも文学的な表現で、一般の生活の中では使わないからね。
何で急にそんなことを?
妻 あるブログで使っていて、めずらしいなぁと思って。
夫 吝嗇で思い出したけど、あの若社長に「気前が良いといわれるより吝嗇だといわれたほうがいい」とアドバイスしたことがあるんだけど、結局彼には意味が伝わらなかったけどね。
妻 アメリカの大学を出た人にそんなこと言っても分かるはずがないじゃないの。
あなたは分かっていてそう言ったんじゃないの?
夫 ぼくはそのあと、「悪を行うときは一気に、善を行うときには小出しに」というマキャベリの言葉を教えてあげようと思ったんだけど、そこまで行かなかったな。
妻 あなたはそういう上から目線のところがあるから嫌われたのよ。
夫 うぅ~~ん、嫌われたというより、煙たがられたかな?
妻 普通は、倹約家とか節約家っていいますもんね。
夫 それっていい意味で使うこともあるけど、どちらかというと貶しているほうが多いんじゃないかね。
吝嗇って、平たく言えば「ケチ」だもんね。
妻 あなたってどちらかといえばケチですもんね。
夫 そうかも知れないね。
まあ、どちらかといえば倹約家って言ってほしいけどね。
妻 ケチなわりにはビールだけはケチりませんものね。
夫 駅前に「凛食」っていう焼き鳥屋があるんだけど、持ち主はしゃれた名前をつけたと思っているんだろうね。
妻 日本語って、使われなくなったら消えていくものなのね。
夫 そうだね、節約家でもないケチでもない、上品ってことじゃないけど、角が立たない微妙なニュアンスの表現は大事にしたいものだね。
庭先に最近見かける猫が現れた。
今日のようなぽかぽか陽気は、猫にとって格好の散歩日和なんだろう。
いまどき野良猫じゃないだろうけど、声をかけても無視して歩き去っていった。