・・・・・・・っということで、突然ですが、外国人は武士道を絶対に理解できないんじゃないかと考えています。
そうじゃないよ、西洋には騎士道があるよと言われるかも知れません。
しかし、武士道=騎士道とは似て非なるものじゃないでしょうか。
新渡戸稲造が英文で【武士道】を書いたのは、日本人の本質を説明する必要に迫られたからでしょう?
彼が海外生活の中で、日本人はそんじょそこらの野蛮人とは違うことを示すために着目したのが武士道だったのでしょう。
武士道も騎士道も封建社会を背景にしています。
しかし、西洋の封建社会と日本のそれとは大きく異なります。
両者とも武力を背景にその関係を保っています。
西洋の封建領主は「契約」に基づいています。
要するに、領民を守るために武力による保護を提供しているという形態です。
その関係を良く表すのにノブレス・オブリージュという言葉がありますね。
領主は領民を守る「義務」があり、それが守られないなら契約違反ということで、領民によって排除され、別の領主に取り替えられます。
いっぽう日本の封建制度における武士は「契約」には基づいていません。
領主と領民の関係が契約でなければ、何が両者を結び付けているのでしょう。
これは「精神的な結び付き」としかいえないでしょう。
武士が支配者として認められるのは、腰に差している刀のせいだけではありません。
刀を「正しく」使える人物であるかないかによっているのです。
領民が領主に従うのは、その人物が持っている高貴性なのです。
武士はそれを知っているから、武道に熱を入れて稽古し、儒教にベースを持つ四書五経を学んだのです。
同じ領民を守ると言っても、片や武力と知力で、もう一方は精神力と教養で行うのです。
もちろん、両者とも弱い者を守るという道徳観を身につける必要があります。
しかし、KnightとSamuraiでは根本的な違いがあるのです。
こう考えてくると、封建制度を経験していないアメリカに対して武士道を期待するなんて全く無駄であると知るべきでしょう。