・・・・・・・っということで、パリのカフェでは道路に面した座席を設けている。
地元の人たちが、毎日のようにカフェに通い詰める。
行き交う人々や車を眺めながら語り合う。
あるいは、一人で新聞を読む。
ぼくらアジアの東端から来た、いわゆる東洋人の観光客はそのカフェに憧れる。
読めないメニューはそこそこに、ガイドブックで仕入れた「クロック・ムッシュー」とか、「ステック・フリット」なんて単語を恐る恐る試してみる。
・・・・・・・
ロンドンではなんといってもパブだ。
ところがこのパブの敷居が高い。
滅多に観光客の訪れない地元のパブなんか入ったことにゃぁ、心臓が破裂するほど緊張する。
ウェイターだって、黄色い肌のエイリアンには無愛想だ。
ヒヤヒヤもので急いで生ぬるいエールを流し込む。
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アメリカといえばカウンター付きのバーだ。
薄暗い店内に入っても、ウェイターはこちらの席はいかがなんて愛想は言ってくれない。
入り口で立ち尽くすだけだ。
勝手につかつかと入って、カウンター席にどっかり座って、バーボンをショットグラスで一気に飲み干せばいい。
まるで西部劇の酒場と同じだ。
かなり高級なバーに入ってドライマティーニをオーダーしても、MARTINI社のベルモットを出されるのがオチだ。
アメリカ人のバーテンダーなんて、バーボンとブラッディーマリーくらいしか知らないものだ。
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パリのカフェ、ロンドンのパブ、ニューヨークのバー・・・・・・
それらは日本人にとって、憧れがある。
上で書いた印象は、実際にぼくが経験したものだ。
そして帰国後、「オレわぁ~、本場ものを体験したぜぇ~~。さすが本場ものは違うぜぇ~~。でも、オレはぜんぜんビビらなかったぜぇ~~」
なぁ~んて、尾ひれを目一杯付け加え自慢するのがオチである。
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日本にこういう【文化】があるだろうか?
居酒屋??
違うね。
地元の人たちの交流がある点が違うのである。