・・・・・・っということで、障害者でもイヤな奴は嫌。
障害者だからといって特別扱いしない。
人として平等に接する。
ハンディを持っているからといって同情しない。
補助が必要なとき手助けするのはアタリマエ。
そこには可哀相という同情の感情は介在しない。
平等に接することを彼等は一番望んでいるはずだ。
ところが、平等以上に扱われるのが当然と思っている者もいる。
威張りくさっている障害者。
特別扱いされないと逆恨みする障害者に接したこともあった。
・・・・・・
パラリンピックにぼくは違和感を感じる。
障害者だってスポーツを楽しみたいのはアタリマエ。
タイムを競い、体ごとぶつかって勝ち負けにこだわるのも自由だ。
分かっていてもパラリンピックを見る気になれない。
そんなモヤモヤを理解するヒントがネットニュースに出ていた。
『NHKのEテレの情報バラエティー番組「バリバラ」で28日夜、「検証!『障害者×感動』の方程式」と題した生放送があった。「清く正しい障害者」が頑張る姿を感動の対象にすることを「感動ポルノ」と表現し、「感動は差別だ」との障害者の声を伝えた。同時間帯は日本テレビ系で障害者の姿を伝えるチャリティー番組「24時間テレビ」が放送中だった。』
『番組では、自身も障害者で「感動ポルノ」の言葉で問題提起した豪州のジャーナリスト兼コメディアン、故ステラ・ヤングさんの「障害は体や病気よりも、私たちを特別視してモノ扱いする社会の方」との発言を紹介。』
『英BBCが障害者を英雄や被害者として描くことが侮辱につながるとしたガイドラインを20年前に策定したことも紹介した。』
『「(障害者と健常者が)同じ人間として怒ったり笑ったり、思いを重ねることがホンマの感動。一方的な感動の押しつけは差別だ」と話した。』
・・・・・・
そうなんだよなぁ~
パラリンピックからはこの凝った差別の変形の匂いがするんだよなぁ~。