・・・・・・っということで、鳥越某氏(76)が14年前というから62歳の時、女子大生と関係を持とうと淫行に及んだ(及ぼうとした?)というスキャンダル。
62歳というと今のぼくぐらいの歳である。
本当かウソかは別として、その元気さには驚いてしまう。
しかも、相手は玄人ではないのである。
ヘェ~~~~~(@_@。
・・・・・・
鳥越が出たついでに石田某。
ヤツも62歳である。
62歳といえばジジイである。
押しも押されぬジジイである。
ジジイといえば、「分別があってしかるべき」と世間から思われている。
実際に分別はないにしても、分別があるように振舞わなければならない。
それがジジイの矜持というものだ。
それがなんだぁ? 思いつきで立候補したと思ったら、すぐ取り下げてしまった。
ちょっと幼稚過ぎないかい?
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二人とも自他共に認めるダンディーなオヤジのイメージがウリのはずだったのに、一皮剥けば何のことはない隙だらけのお坊ちゃまじゃないか。
いい歳をして軽過ぎないか?
年齢に相応しい重さが感じられない。
いつから大人はこんなに軽くて薄っぺらになってしまったのか?
ちょいワル親父で人気の高田純二にしてもイタリア人のジローラモにしても軽い。
このあいだ死んじまった大橋巨泉も軽い男だった。
どっしり構えて、ヘラヘラせず、寡黙だけれど口を開けばしっかりした意見を吐き、芸術一般の造詣が深く、教養があって、しかもユーモアを忘れない。
そういう理想的なオヤジ像ってあると思うのだが。
なかなか難しいけれど、自分はそういう理想像に近付きながら歳を重ねたいと、男なら願うべきだろう。
今の若い人たちは、そういう理想的なオヤジ像を具体的に持てないのは、実に不幸なことであるまいか。
まっ、ぼくのような軽いジジイが言っても全く説得力がないが・・・・・・(T_T)