・・・・・・っということで、ドライブ中にラジオを聴いていたら、ヘイトスピーチについて放送していました。
ヘイトスピーチなんて日本人には似合わないと思うんですが、どうでしょう。
右翼の喧伝車が昔からやっているじゃないかと言われるかも知れませんが、ちょっとうんじゃないでしょうか。
連中はどこからか資金が出ているわけで、一般市民がやるヘイトスピーチとは根本的に違うはずです。
・・・・・・
最近、ヘイトスピーチを規制する法案が成立したそうです。
しかし、そういうことは良くないですから止めましょうねという理念法で、罰則はありません。
しかも、どこからがヘイトになるか明確な基準もありません。
すると、デモをどうやって規制するのか、実施する警察側も困ってしまいますよね。
さらにこじらせるのが、表現の自由です。
外国からは日本は人種差別撤廃条約を批准しているのに、何故規制しないのかという圧力があるそうです。
それに対し、日本は表現の自由を楯にしているわけですね。
問題を突き詰めれば、「差別vs表現の自由」であり、番組もこの点に終始していました。
番組に出演していた評論家は、こういう問題で悩むことこそが日本にとって重要なんだとまとめていました。
ぼくは、それを聞いていて、なんか物足りない気持ちになりました。
・・・・・・
ぼくの知るところ、昔はヘイトスピーチなんかやっていなかった。
そもそも、ヘイトスピーチそのものが新しい言葉です。
何故最近になって、日本の「若者」がデモ行進という形でするようになったのか?そこに鍵があると思うのです。
ある程度世界を回ってみた経験から、日本ほど差別の少ない国はないと思います。
黒人だって、アフリカ人だって、ペルー人だって(^m^)日本に来ればモテモテじゃないですか。
白人だったら、プエルトリコ人だって日本は差別しませんよね。
こんな差別の少ない日本のことを、外国からとやかく言われたくないですよ。
移民に寛容なフリをしているドイツなんて、一皮剥けば差別の塊ですからね。
じゃあ、いま問題になっているヘイトスピーチは誰に対してなのか・・・
答えは簡単、韓国と中国に対してです。
何故この二国に対してか・・・
答えは簡単、彼らが反日教育しているからです。
それも国家ぐるみで公然と。
普段は大人しい日本人も、最近のSNSのお陰で言いたいことを発信するようになった。
一人では声を上げられないから、徒党を組んでデモという形で行動に移したところ、予想に反して取締まられなかった。
だから調子付いてエスカレートした。
事実は、こういう流れでしょ?
ポイントは、自分たちの行為は違法ではないが、好ましいとは言えないことを自覚していることです。
桝添と同じです。(^^ゞ
・・・・・・
何を指摘したいかというと、「言論の自由」とか「人種差別」で分析すると問題からズレることなんです。
そちらの(高尚な?)議論に向かってしまうとポイントがズレるといいたいのです。
問題は、若者の「不満」なのです。
相手が喧嘩を売っているんだから、こちらも黙っていないぞという対抗意識なのです。
両国からの執拗なイチャモンに対して、日本政府は効果的な反論をしていない。
だから、民衆レベルで抗議行動を起こしているのだ。
殆どの日本人の本心は、自分たちと同じだろう?
ヘイトスピーチをして日本人の代弁しているのだから、自分たちの行動は支持されているはずだ。
それを言論の自由などと、高尚な切り口で捉えようとしているから、彼らはますます調子付く。
・・・でしょ?
売られた喧嘩を買うという行為は、相手と同じレベルに自分を引き下げることであり、誰が考えても上等な行為ではないことが分かります。
最近の若者はそんなこと知ったうえで行動しているのです。
彼らの「不満」の中身は、中国や韓国に対する差別意識をベースとした不満だと考えてはいけません。
本当の不満は別の所にあるのです。
それは、自分たちが置かれている社会への不満ではないでしょうか。
いまの若者世代は、ロクに正社員にもなれず将来への希望が閉ざされていると感じているのです。
ヘイトスピーチという形をとって、自分たちの不満を表現しているのです。
なんで、オレたちの世代だけこんなに差別されなきゃならないのか?
そう、・・・・差別なのです。
若者たちは差別する側ではなく、差別されていると感じているのです。
ヘイトスピーチデモに参加する人たちは、実はそのことに気付いていないかも知れません。
まるでお祭りのパレードに参加して、大声を張り上げることによって一瞬不満が解消するのと同じです。
可愛そうだと思いませんか。
・・・・・・
以上、ラジオを聴いていて物足りなく感じたぼくなりの分析です。