とても勝ち目がないと思っていた、ササン朝ペルシャを滅ぼしてしまいます。
当時圧倒的な文明力を誇っていたビザンティン帝国との戦いにも勝って、アナトリア半島以北まで押し込んでしまいます。
ムハンマドがワープした先のイェルサレムは勿論のこと、エジプトをはじめ北アフリカ全域、果てはジブラルタル海峡を越えてイベリア半島まで手中に収めてしまいます。
これはたった1世紀の間に行われたことで、まさしくアレヨアレヨの間にイスラムは帝国と呼ばれるのに相応しい版図を獲得してしまうのです。
これには征服した本人たちもビックリしたことでしょう。
ムハンマドが自ら指揮を取って戦っていた時代なら、彼の天才的戦略眼として説明が付きます。
しかし、死後もこの勢いで、連戦連勝なのです。
ならば、この勝利の要因が何かを分析しなきゃならないはずです。
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イスラム側は、当然イスラム教の力だと言います。
イスラム教が優れていたからこそ、これだけの奇跡とも思える征服を成し遂げたのだと。
ぼくが読んだ本の著者は、それまで利己的な遊牧民であるアラブ人が、このように自己犠牲が出来る人間に劇的に変化したことを驚異の目で見ています。
彼(その著者)はこの変化を何の変哲もない鉱物を金に変える錬金術のようだと表現しました。
人間は高邁な思想に感化されることによって、価値ある人間に変わり得るのだと。
だけれども、ぼくはそんな理想論には疑問を挟みます。
悪いけど、アラブ社会で2年間生活した実績がぼくにはあるのですから。
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一方、キリスト教的価値観を持つ欧米は、このイスラム教の驚異的な布教活動を暴力を伴ったものだと分析します。
例の「コーランか剣か」の単純な刷り込みですね。
脅されたから仕方なく改宗したのだとね。
だけれども、ぼくにはキリスト教側の負け惜しみというか、イスラム教徒を常に下等なものだと見る匂いを嗅ぎ取ってしまうのです。
イスラム側にせよ、キリスト側にせよ、この奇跡的なイスラム教の大征服を「宗教」の視点で見ているのです。
精神的な向上が奇跡を可能にしたなんて分析は、とてもじゃないけど歴史を学ぶ態度じゃありません。
もっともっと現実的な理由が、そこにはあったに違いないのです。
どちらの考えにも組しない、無宗教である日本人の登場です。^m^
・・・・・・つづく。