・・・・・・っということで、「コーランか剣か」。
これほど有名で誤解を招くフレーズはないでしょう。
この意味は、「イスラム教に改宗しなければ殺すぞ」です。
ローカルな新興宗教が100年余りで大帝国を築いたのだから、このような有無を言わさない強制力で広めたのだろうと考えるのは分からないでもないですね。
ぼくの記憶が確かなら、このフレーズはイギリス人の学者が使った言葉のはずです。
もちろん西洋側、キリスト教側からの視点でイスラム教を見ています。
その視点とは、イスラム教の発展を「布教活動」として理解しているのです。
何故なら、キリスト教は「布教活動によって」広められてきたからです。
ところが、イスラム教は「暴力によって」広められたと言いたいのです。
もっと言えば、ルール違反だと。
さすがに最近は、こんな単純な言い方はせずに、次のような理解が一般的のようです。
1.コーランか
2.剣か
3.納税か
の選択を迫ったというのです。
注目すべきは、3.であって、改宗しなくても税金を払えば許してやろうです。
そうしないと、イスラム教の持つ他宗教への寛容性の説明が付かないのです。
・・・・・・
それでも、ぼくは「布教活動」という説明には納得できないのです。
もう少しこの3つのフレーズを解読してみましょう。
1.コーランか⇒改宗すれば税金は払わないでも済みますよ⇒その代わり一緒に戦いましょうね。
2.剣か⇒刃向かうならば殺しますぜ。⇒防衛的な意味も見落とさないでくださいね。
3.納税か⇒改宗しなくてもいいですよ⇒イスラム社会の中で生きるならば、納税してね。
これを見ると、布教活動には見えないでしょ?
どちらかというと、「征服活動」じゃないですか?
イスラム教が広まった過程は、布教活動ではなく征服活動だったと見るほうが自然じゃないでしょうか。
戦(いくさ)をするとき何か旗印、即ち大義名分が必要です。
たまたま「聖戦」を掲げたら、予想外に上手くいったというのが実情ではないでしょうか。
布教活動だったら、宗教を広めるため。
征服活動だったら、「欲」が動機なのです。
たまたま世界の空白地帯にアラビア半島はあった。
そこには、大きな文化も文明も持たない様々な部族が住んでいた。
普段は目立たない貧しい連中が、儲かる美味い話に飛びついた。
こう書くと、身も蓋もない話になってしまいますが、実態はそうじゃないかと思うのです。
そうでなければ、あれだけ短時間に帝国が築かれたことの説明がつかないのです。
・・・・・・つづく。