・・・・・・っということで、人口の過疎地であるアラビア半島で生まれたイスラム教は、アレヨアレヨという間に東はインダス川、西はイベリア半島まで広がる一大【帝国】を築いてしまいました。
ムハンマドはこんな帝国を予想していなかったとぼくは信じて疑いません。
なぜなら、彼は【ウンマ】という家族的なつながりのある世界を想定していたからなのです。
帝国と家族とはどう理屈をつけても一致しませんよね。
ムハンマドが描いていたイスラム社会というものは、イスラム教の元に部族の違いを超えた大きな意味での一家であったと思われます。
それは、ムハンマドが遊牧民の一族出身であったことと関係が深いはずです。
彼がイメージしていた社会の大きさは、せいぜいアラビア半島の「各部族の統一」程度であったと思われます。
半島北部のユダヤ教やキリスト教徒、はたまた東のササン朝ベルシャが信仰するゾロアスター教徒を征服することなど念頭になかったはずです。
彼はとても賢い人でしたから、もしそこまで拡大する野心を持っていたとするなら、ウンマの概念では収まらないと理解していたはずです。
彼が死ぬ際に後継者を指名しなかったことは、ある意味大きなヒントと言えます。
即ち、一大帝国を作るつもりだったら、後継者を決めるルールを作っていたはずです。
彼が家族的な社会を考えていたから、当然次の後継者は「血縁」によって決まると信じていたに違いないのです。
今の北朝鮮を見るまでもなく、血縁で指導者を選ぶことが如何に危険であるか分かるはずです。
実のところ、イスラム教の最大の問題の種を発足当時から抱え続けており、現在もそれを引きずっているといえます。
イスラム法に基づく理想国家は良いとして、誰を指導者にするかが欠けているのが問題なのです。
イスラム教は単なる宗教ではなく、統治する宗教だからです。
・・・・・・
現在、イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれてお互いが自分の正当性を主張しています。
シーア派の根拠は第4代カリフであるアリーがムハンマドの末娘ファーティマと結婚したからです。
要するに、「血筋の正しさ」を根拠にしているのです。
ムハンマドが亡くなってすぐにこの後継者問題が噴出してきます。
四代に渡る「正統カリフ時代」はムハンマドが実際に知っていた範囲の人物ばかりです。
(その内二人が殺されているのは注目すべきでしょう。)
そこから先のウマイヤ朝からアッバース朝にいたる主導権争いは、まさしく部族をベースとしたものでした。
ムハンマドが描いていた家族のように小さくまとまった理想国家とは程遠い、大帝国ならではの「知恵」が必要となったのです。
残念ながら、現代のイスラム社会もその知恵を持ち合わせていません。
イスラム法に基づく国家といいながら、オスマントルコのように君主国家を目指したり、多くのアラブ諸国が取り入れた社会主義国家を目指したり、様々な試行錯誤はことごとく失敗しています。
その間、キリスト教徒である欧米に大きな遅れを取ってしまいました。
そんなフラストレーションから、過激に走る連中が出てくるのも仕方ないことなのかも知れません。
・・・・・・つづく。