・・・・・・っということで、イスラム教を勉強中。
いま問題になっている【ジハード】。
「聖戦」と訳されていますが、解釈はかなり難しいらしいことが分かってきました。
聖戦というと、神の名の元に主に異教徒と戦うことと理解されますね。
戦いに「大義名分」を旗印にすると、とても戦意が湧くのです。
所謂コチラが正義で、アチラが悪ですね。
刷り込みによって正義は悪に勝つことになっているのです。
聖戦は、神様がコチラ側に付いているから、まあ無敵ですわな。
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さて、ジハードですが、本来の意味は「奮闘努力する」だそうです。
コーランには、「自らの信仰のために奮闘努力(ジハード)するものは、自らのために努力しているです」とあるそうです。
この奮闘努力がジハードであり、その中には戦うという意味はないのだそうです。
通常、戦争や防衛戦には「キタール」という言葉が当てはまります。
ジハードは対外的な戦いよりも、内面の努力であることが分かりますが、ある時期からキタールの要素を含むようになってきます。
ある時期とは、どうしても信仰を守るために戦う必要が生じたときです。
その戦いをアッラーが許可するのです。
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コーランは預言者ムハンマドが神の啓示を受けて一気に書き上げたとぼくは思っていたのですが、そうじゃないんですね。
イスラム教を布教する経過の中で、徐々にムハンマドが(神の言葉を)書き加えていったのです。
メッカで布教活動を始めた最初の時期は、信者もごく僅かでした。
そのときのジハードは戦いたくても力がなかったのです。
ムハンマド一行がメディナに逃れて(ヒジュラ)信者も増えて力が付いた時、アッラーは【剣のジハード】を命令するのです。
分かりやすい理屈ですよね。
ですから「剣のジハード」は「聖戦」と訳してもイイでしょう。
でも、ジハードの意味する大部分は「自ら奮励努力」することであって、自己の研鑽に大きな比重が置かれているのです。
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えっ?面白くも何ともないって?
いや、スッゲェ~~面白いんですけど。(^^ゞ