・・・・・・っということで、フランスが大変なことになっていますね。
テロリストが例によって「アッラーアクバル」と叫びながらAKB48じゃなかった、AK47をぶっ放したと伝えられています。
そう叫んだからにはジハード、即ち宗教戦争であると本人たちは認識しているようです。
だが、この戦争は宗教戦争なのだろうか?
そこのところを間違うと、解決の方法そのものが間違ってしまうのではないか。
ホントーの原因は宗教とは別物だと思えて仕方ない。
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約900年前に始まったキリスト教徒による十字軍遠征、アラブ側はそれが宗教が理由だと気付くのに何十年もかかったのである。
それまでの戦争のように、領土的野心に基づく侵略だとしか理解していなかったのである。
だから第5次のように、イエルサレムの管理はキリスト教側、参拝はお互い自由という発想がなかなか生まれなかった。
そのために何十万という人が命を失った。
今回のパリ攻撃は十字軍の逆。
イスラム側がキリスト側を攻撃する図となっている。
自ら聖戦を叫けんでいるからといって宗教戦争と認識してよいのか。
宗教戦争ほど厄介な物はない。
相手を抹殺するまで満足できないからである。
妥協して共存するという知恵が生まれないのである。
それは十字軍のときに嫌というほど学んだはず。
テロは、貧困、自由の束縛、社会格差に起因するのであって、宗教は単なる口実に過ぎない。
一神教信者同士、頭に血を上らせないように知恵を働かせてもらいたいものである。