・・・・・・っということで、ラグビー日本代表、ザンネンでしたね。
決勝リーグに進ませてあげたかった。
2戦目まで中3日は過酷過ぎました。
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まあ、それとは別に感じたことを書いてみます。
それは、「楽しむ」です。
ラガーマンたちへのインタビューの中で、彼らの口から「楽しむ」という言葉が何度も出てきました。
そこで、思い出すのが何年か前のオリンピックだったか、世界大会だったか。
確か日本代表の水泳選手だったかなぁ~
出発前に「大会を楽しんできます」と口にしたのでした。
結果は散々だったので、「楽しむ」気持ちで戦ったから負けたんだとマスコミなんかに散々叩かれた記憶があります。
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以前も取り上げたNHKの番組。
スペイン人のカリスマテニスコーチが子供たちにテニスを指導する番組。
その中で、コーチがテニスを楽しめと何度も教えます。
子供たちの親は、それが理解できずにいました。
プロを目指す子供たちをもっとスパルタ式に教えるのかと期待していたからです。
確かに練習は厳しいものでしたが、楽しさの要素をふんだんに盛り込んでいたのです。
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ラグビー、水泳、テニスで共通していたのは楽しさでした。
アタリマエのことですが、世界大会に出場するレベルの選手は才能はもちろん、凄まじい練習を積んできています。
エディーコーチの練習がキツ過ぎて、もうイヤだとラガーマンたちが口をそろえるくらいですからその厳しさは想像もつかないものだったのでしょう。
そう、想像もつかないのです。
そのようなレベルの人たちをぼくら素人が批判できるはずがありません。
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そんな彼らが戦いに「楽しさ」を求めるのです。
勝利こそが楽しいという単純な意味ではないでしょう。
マゾヒスティックな楽しみでもないでしょう。
最高レベルで戦うことの楽しさ、自分の力量を思う存分試すことが出来る楽しさであるはずです。
さらに、戦いを経験したあと自分がどう成長するかの楽しみであるはずです。
勝利は苦しさ、自己犠牲、忍耐、困難なしに得られないことは確かです。
だけれども、日本人はそういうものに評価を置き過ぎています。
本当はそういう苦しさを乗り越えた先に「楽しさ」があるはずです。
もともとスポーツは「楽しみ」という意味です。
限られたスポーツマンが楽しみたいと口にするのです。
その楽しさとはぼくらが描く単純な楽しさではなく、ずっとずっと奥深い楽しさであるはずです。
ぼくらにできるのは、思う存分楽しんで来いと送り出すことくらいでしょう。