・・・・・・っということで、中国や韓国が「反日」を煽るキャンペーンを自国民に対して行っているけれど、これほど馬鹿げたことはない。
政府への求心力が得たいが為に、特定の国や民族を敵に仕立て上げるのは使い古された手法である。
両国がそのような見え透いた手法を執拗に使うのも、彼らの政権が如何に危ういかの裏返しであろう。
そうはいっても、言われるほうのこちらも気分は良くない。
挑発に乗って、反中反韓で応じるのはもっと危険である。
なぜなら、どちらにとっても損失であり、漁夫の利を狙う者にとって好都合だからである。
歴史をちょこっと辿ってみれば、欧米による植民地支配は常にこのような手口が用いられていたことが分かる。
日本だって、明治維新のときは危なかった。
彼らが日本を内乱に陥れることによって、疲弊したところで漁夫の利を得ようとしていたのは明らかである。
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アジア人って、こういう人種だと思われているのが辛いところである。
アジアを思い通りにしようと画策する者にとって、お互いが足の引っ張り合いをしてくれるのは実に好都合ではないか。
イギリスにいいように詐取された歴史はあっさり忘れてしまい、同じアジア人に対しては執念深く恨みを持ち続けている。
実に馬鹿げたことである。
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アジアはどうすればまとまることが出来るのか。
これは次の時代を生きる若い人にとって、とても重要な課題である。
中国が共産党体制である限り、アジアの覇権を中国が握ることだけは絶対に阻止しなければならない。
彼らは民主国家としては実に未成熟であるからである。
アジアをまとめることが出来る可能性を持つのは、やはり日本しかないだろうが、中国が目指しているような覇権という形ではないことは明らかである。
アジアがまとまることが如何にメリットとなるか、そのグランドデザインを描くことである。
即ち、目先の足の引っ張り合いから脱し、高次元のアジア像を示すことである。
それを日本がリーダーシップをとって、根気よく説得する決心をしなければならない。
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それには先ずアジアに目を向け、アジアの現状を知る必要がある。
簡単なことだが、戦前戦後を通して、日本はこれが出来ていなかった。
戦前はアジアを見下していたし、戦後はアジアに無関心であった。
幸いなことに、アジアにバックパック旅行をする若者が最近復活してきている。
つい最近もインドに女性一人で旅行したブログを読んだばかりである。
その勇気と好奇心の強さに感心させられる。
やはり現地を見てきた者は強い。
観光地を見たり、食べ物を食べたり、人間と交流したことは貴重な財産になることだろう。
もし可能ならば、アジアはどういう所か知ることにプラスして、日本がアジアの一員として何が出来るかというテーマも頭の片隅に置いて旅行して欲しいと思うのである。
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えっ?イヤだって?
まあ、若者に希望を託すというのは、老人の特権でしょう? (^^ゞ