・・・・・・っということで、ぼくが読んだ歴史の本には、「1万年以上続いた平和な縄文時代」と書かれてある。
最初読んだときは、あっそーかってなくらいで気にも留めなかった。
その後、弥生時代になって、稲作が導入されたことにより貧富の差が生まれ、戦争が始まると書かれていた。
その部分に納得して、ぼくは線を引いた。
・・・・・・
いまその部分を読み返して、????マークだらけなのである。
縄文人=狩猟民(and/or採集民族)=平和か???
だったら、農業をしない民族、例えば遊牧民は戦争をしない平和主義者ということになってしまう。
歴史を辿るまでもなく、それは全くの間違いである。
スタンリー・キューブリックが「2001年宇宙の旅」で描いたとおり、人類は縄張り争いの連続だったにちがいない。
そうじゃないだろう。
朝鮮半島からの渡来人(征服者)を介して稲作が導入されたとき、彼等が原住民(=縄文人)を征服するときに戦争が起きたのだろう。
農耕民が征服するときと、狩猟民(or遊牧民)が征服するときとは異なるはずである。
両方とも土地或は採集場を手に入れるのは同じであるが、狩猟民が征服する場合、そこに住んでいた人間は邪魔なのである。
モンゴルが征服する先々で住民を皆殺しにしたのは、猟場から得られる収穫を独り占めにしたかったからである。
だが、農耕民が征服する場合、皆殺しはありえないのである。
奴隷にして農作業に労働力として利用したいからである。
弥生時代に入って大規模な争い(戦争)が起きるのは、原住民を追っ払うのではなく、獲得する対象が土地と奴隷であったからである。
現代人の目からすると、後漢書や卑弥呼が貢ぎ物として「奴隷」が出てくることに違和感を持ちますが、理屈としてはそういうことなのです。
縄文時代が平和であったのではなく、弥生時代に入って戦争の本質が根本的に変化しただけなのです。
歴史学者は専門家であるがゆえに、案外ステレオタイプが多いのです。
歴史を勉強する面白さは、そういった疑問の連続からの新しい発見ですね。