詳しいことは知らない。
ネットを使えば、その生い立ちや人生は簡単に調べられるだろう。
この男である。
1445年? - 1510年の間に生きた人間である。
ルネッサンスの画家という。
ぼくは、彼に古さを感じないのである。
彼の描くテーマは実に古臭い。
今日の展示会を見ても、全て聖書に題材を採っている。
受胎告知、東方三博士、聖母子・・・もうウンザリするほど同じテーマを飽きもせず描いている。
だが、彼の描く絵画はあまりにも先進的だ。
この絵を見よ。
なんとポップカルチャー的な絵だろう。
そしてこの絵だ。
かつて美しかった人。
でも、今でも美しい人。
だけれども、寄る歳には勝てない人。
彼はルネッサンスの画家だと規定されている。
だが、そんな規定はクソくらえだ。
いつの時代も新しい。
只者じゃない。
・・・・・・
展覧会の常として、絵画とともに説明文が書かれている。
カミサンのように解説のイヤホンを借りる者もたくさんいる。
絵画そっちのけで、その説明文に食い入っている観覧者を嫌というほど見かける。
説明文なんてクソくらえ・・・だ。
せっかくの絵画がそこにある。
わざわざ向こうからやって来た絵画を間近に見ずして何を見るのだ。
ぼくは絵を前にして、絵と対話を試みる。
じっくり対話するのは混んでいるから難しい。
でも、カタログでは絶対に感じられない何かを本物は発散しているはずだ。
今回の目玉はこれ。
入り口を入った真正面に展示されている。
実に精緻な表現である。
特に衣類が透き通っているのを描く技法が素晴らしい。
ボッティチェリの凄さは虫眼鏡で細部を見ても精密に描かれているのに、全体の絵画としてのバランスがスゴイと先ず感じる。
そして、聖母と幼子の視線だ。
なぜ、赤ん坊のくせに幼子イエスは母親と視線を逸らしているのか?
気になるではないか。
その最たる絵がこれだ。
幼子の興味の先はズボンの膝が破れた男がたぶん妻と子供を乗せた馬を引いている。
イエスの関心事が貧しい庶民に注がれていることが分かる。
だが、時代が下るにつれ、ボッティチェリの聖母子像がこのように変わる。
おお、これこそが本来母と子のあるべき姿だ。
彼の晩年の作だという。
多くのパトロンに抱えられ、絶頂であった彼の人気が下がり、貧困に陥っていく。
そして、この絵だ。
周りを取り囲む天使の手には茨の冠、(たぶんロンギヌスの)槍、石のハンマー、矢じり、短剣が握られている。
もちろん、キリストの将来を暗示している。
幼子は、恐怖に震え、聖母にしがみ付く。
・・・・・・
ボッティチェリは貧困のうちに、さびしく生涯を閉じたらしい。
純粋に絵と対話するだけで、これだけのドラマを感じられる。
皆さんも、チャンスがあれば絵画展に是非行ってみてください。(^o^)丿