古代史を学ぶことはタブーに向き合うこと | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、弥生人は朝鮮半島から侵入してきた部族によって征服されたとの仮説を立てました。

たぶんこの仮説に対しては、抵抗がある人が多いのではないでしょうか?

さらにこの仮説について書き進めようと思っていますが、その前にちょっとイギリス史をおさらいしたいと思います。

イギリスも日本も同じ島国です。

ぼくの仮説はそれほど無茶じゃないと理解してもらうため、比較してみようとの魂胆です。

ドーバー海峡の一番狭い箇所が34km。

対馬海峡は全体で200kmですが、釜山⇔対馬間50km、対馬⇔壱岐島70km、壱岐島⇔九州20kmです。

確かに、ドーバー海峡のほうが狭いけれど、朝鮮半島を早朝に出航して、手漕ぎあるいは帆走によって明るいうちに次の目的地に着けるのです。

両海峡とも泳いで渡った人も何人かいるくらい近いのです。

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古代のイギリスは石器時代でした。(ストーンサークルで知られている時代です。)

先ずドーバー海峡を渡ってきた人々は、ケルト人です。(紀元前9世紀~)

その次に渡ったのはローマ人です。(紀元前1世紀~)

あのカエサルもやって来たんですね。(^o^)丿

このときローマ人でさえも、あの有名なハドリアヌスの長城以北はついに占領することが出来なかったのです。

これについては、後ほど新しい仮説を展開したいと思っています。

次に来たのがゲルマン人のアングロサクソン系です。(5世紀~)

ここで思いがけない侵入者がデーン人です。(9世紀~)

所謂、バイキングですね。

彼らは例外的にドーバー海峡を渡らず直接海から侵入してきました。

そして次にイングランドを征服したのは、フランスのノルマンディー公です。(11世紀~)

リチャード獅子心王なんてもう少し勉強したいですよねぇ~~ (^^ゞ

100年戦争(14~15世紀)を通して、イギリスに渡ったノルマン王朝はフランス本土と決別して、イングランドで生きる選択をします。

現在のイギリス王室のオリジナルはフランス人だったのですね。

これについても、後ほどぼくの考えを展開したいと思っています。

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なんでこんなに長々とイギリス史を書いたかの理由は、いくら島国だからといっても外国からの侵入に対してフリーではあり得ないということです。

確かに海峡の違いばかりではなく、地政学的な見地からもイギリスと日本では異なります。

しかし、侵略は常に、文化の進んだ方が遅れた地域の方向に向かうということが常です。

弥生人は、朝鮮半島側から対馬海峡を超えて侵入してくる部族に征服されたと考えるのは自然なことではないでしょうか。

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ぼくは何度も自分で考えた仮説だと書いていますが、少しでも古代史を学んだ人は誰でも、ぼくのような結論に達するのではないでしょうか。

大和朝廷の正体は、ちょうどノルマン人たちがイングランドを征服し、出身地のフランスから独立した王朝を征服先に築いたことと相似なのじゃないですか?

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では、なぜこのような仮説を誰も支持しないのでしょうか?(しているかも・・・)

それは、天皇制に大きく関ってくるからです。

古代史を学ぶことはタブーに向き合うことなのです。

・・・つづく。