・・・・・・っということで、卑弥呼については謎とされている。
魏志倭人伝で、彼女は邪馬台国(倭国)を鬼道を使って支配していたことになっている。
鬼道が呪術だとすると、シャーマン(巫女)であったとの解釈が強い。
それ以前、「倭国大乱」とあって、数多くの小国がお互い戦争を繰り広げていたという。
卑弥呼はその戦争に勝ったか、あるいは平和裏に連合国の代表に祭り上げられたかであろう。
何れにしろ、まとめるだけの実力があったに違いない。
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ここで、ぼくは卑弥呼について大胆な仮説を展開してみたい。
ぼくの仮説の特徴は、視点を朝鮮半島側に置いていることである。
言うまでもなく、日本列島は島国である。
石器を使った狩猟文化(縄文時代)、稲作を中心とした農耕文化(弥生時代)は日本独自の発展を遂げてきたのは間違いないだろう。
彼らが対馬海峡を越えて朝鮮半島に渡ることは希だっただろう。
渡ったのは、朝鮮半島に住む人々のほうであるはずだ。
なぜなら狭いとはいえ、渡るだけの船舶と航海技術を持っていたのは大陸側で、弥生時代の原住民(弥生人?)がそれだけの技術を持っていたはずがないからだ。
最初は漂流して辿り着いたか、小規模だったに違いない。
上陸して彼らがそこに見たのは、竪穴住居に住む原始的な(?)生活を営む弥生人だったはずだ。
小規模である限り、平和裏に交流が進んだに違いない。
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だが、半島側から日本列島に大規模に移動する事情が生じた。
中国における三国志時代、半島における三国鼎立時代である。
三国志の三国は魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)であって、その魏が邪馬台国について記録したのが魏志倭人伝であるからちょうど卑弥呼の時代と重なっている。
大規模に人々が半島から日本列島に移動した事情というのは、戦乱によるものであろう。
彼らが弥生人を征服するのは簡単であっただろう。
なぜなら、武器優劣の差が圧倒的に大きいのだから。
石の武器を使う弥生人は簡単に駆逐されたに違いない。
だが、彼らは(コルテスのように)武力で片っ端から殺しまくるほど馬鹿ではなかった。
部族同士ででお互いが戦争しあっている状況を利用しようと考えたのだ。
それは、原始的な彼らを味方につけて支配しようとしたのである。
打ち負かした少数の部族に彼らの圧倒的なパワーを見せ付け、彼らが神がかりであることを信じ込ませた。
石器や土器しか見たことがない弥生人たちが、鉄の武器の怖さはもとより、青銅の鏡や剣を
見たときの驚きを想像してみて欲しい。
神の御業(みわざ)と信じ込ませるのは難しいことではなかったはずである。
光り輝く鏡を左手に、長くシャープに延びた聖剣を右手に持って進む彼らの前に周囲の部族はひれ伏したに違いない。
そして征服者の象徴として卑弥呼を送り込んだのである。
もちろん彼女は、霊力を持つ神がかりな支配者でなければならない。
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支配を完璧なものにするために、彼女は使節団を魏に送る。
征服者は朝鮮と友好を結ぶより、遠く離れた魏と朝貢関係を結ぶほうが有利だったとする理由があったはずである。(朝鮮半島の挟み撃ちがその理由。)
彼女が持っていった贈り物の中に、男女10人の奴隷が含まれていたことに着目するべきである。
ぼくが、卑弥呼を半島側から送り込まれた支配者だとする根拠はここにある。
卑弥呼が純粋な倭人だったら、絶対に自国民を奴隷として差し出すはずがないのである。
奴隷は、敗者でなければならない。
卑弥呼は倭国の支配を絶対的なものにするために、鏡を要求したのである。
魏から贈られた物の中で着目すべきは100枚の鏡である。
卑弥呼は、倭人を征服するのにこれだけの鏡を必要としたのである。
これらの鏡を全国の部族の代表に配って全国支配を確固たるものにしたのである。
要するに原始的な弥生人を宗教の力によって支配したのである。
勿論、宗教には儀式が必要である。
銅鏡、青銅剣、そしてすべすべした丸い玉・・・・そして儀式には不可欠の音響効果。
不思議な音を響かせる銅鐸である。
これらが各地で出土するのはそのためである。
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勘の良い人はぴんと来るだろう。
そう、これらは三種の神器そのものである。
これが神道のルーツ。
そして、天皇の登場である。
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以上がぼくの立てた仮説です。
かなり論理的だと自負しているのですが・・・(^^ゞ