古代日本史は疑問だらけ | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
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そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、何冊かの古代史の本を読み終わったところなのですが、ますます分からなくなって、疑問だらけになってしまいました。(>_<)

細かくは後ほど書くとして、大きな流れの中での疑問です。

石器⇒縄文⇒弥生⇒古墳⇒飛鳥⇒奈良⇒平安と続き、武士の登場となって、鎌倉幕府となるのはご存知のとおり。

縄文から弥生に飛躍する要素は【稲作】の導入によるもの。(紀元前3世紀~)

 小国が各地に発生し、それぞれが争っている。

 小国が卑弥呼の元、【連合国家】らしき体裁になる。
(~3世紀)

古墳時代(~7世紀)
 
 小国はさらに大きな豪族となって、豪j族連合の【大和政権】となる。

飛鳥時代(ほぼ7世紀の100年)

 このころ、【律令国家】という中央政権を目指す。

奈良時代(ほぼ8世紀の100年)

 律令国家が崩壊して、【荘園制度】が始まる。

平安時代(9~12世紀のほぼ400年)

 【摂関政治】、【院政】を経て平家の武士が台頭。

それぞれのキーワードは【】で表わしました。

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自然な流れのように見えるけれど、ぼくにはスンナリと受け入れられないのです。

稲作という集団でなければ成り立たないシステムを選択したとき、集団をまとめる人間が必要となって、統治する者と統治される者が出来て、いわゆる貧富の差が生じるのは分かる。

その集団同士が、ぶつかり合い融合され、日本の各地に小国が林立するのも理解できる。

だけれども、時代の区切りにあまりにも飛躍がありすぎると感じるのです。

だって、卑弥呼のときに竪穴住居から突然中国の魏や晋に朝貢外交をするのですよ。

大和政権が朝鮮半島に進出して6万の軍を派遣したり、最終的には白村江で3万の日本軍(?)が負けたりしている。

奈良・平安時代には貴族が優雅に和歌なんかを作っている。

飛躍しすぎでしょ?

発展が早すぎるんじゃないですか。

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そこでぼくの説。

それは、今の日本を前提に考えるからじゃないでしょうか。

即ち、日本という国があって、朝鮮半島の国があって、中国という国があるという前提から見てしまうからでしょう。

その結果、古代日本を見る目が、常に日本を中心に考えてしまうのです。

日本は中国の文化を直接、あるいは朝鮮半島を経由して知識を習得し、国家として発展していったという先入観は間違いではないでしょうか。

そうじゃなくて、中国あるいは朝鮮の人々が日本に侵攻して、そこにいた土着の原住民を征服あるいは懐柔して、支配階級となったのではないかと思うのです。

帰化人とか渡来人と呼ばれ、日本人の中に入ってきた少数派のように説明されているけれど、実は彼らこそ多数派であって、日本人の主力なのではないかと考えるのです。

もちろん、土着の日本人との混血が進んで、彼らが全ての源流ではないでしょう。

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こういう視点で見ると、白村江の戦いなどは、大和政権が朝鮮半島に「侵攻」したのではなく、もともと朝鮮半島から日本列島に移り住んだ彼らが「里帰り」したと考えられるのです。

フランスの一部の貴族がイギリスに渡って土着化して政権を作り、逆にフランスに渡って起こした百年戦争を例にすると分かりやすいでしょう。

朝鮮から日本に移り住んだ人達は、戦火を逃れた難民だった、あるいは北からの圧力によって、より平和な土地を求め海峡を渡らざるを得なかった人々でしょう。

当時の大陸はまさしくそのような状況だったのですから。

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最初に書いたように、ぼくは武力抜きで当時の時代は理解できないと考えています。

竪穴住居に住んで、せいぜい石器の武器しか持たない土着民が、朝鮮から渡ってきた連中と戦って勝てるわけがないでしょう。

鉄製の武器はとてつもない威力を発揮したと考えるべきです。

弓矢や刀は火縄銃に敵わなかったし、ロシアがシベリアを征服したのは大砲の威力によるものです。

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佐賀県の吉野ヶ里遺跡は、明らかに砦の造りをしています。

砦であれば、日本が朝鮮からの侵攻に備えて作ったと考えるのがスジでしょうが、逆に朝鮮から渡ってきた人々が日本に築いた前線基地だと理解したらとても面白いんじゃないですか?

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さらに、平安時代の坂上田村麻呂が何度も蝦夷を討伐作戦を行ったのは有名ですが、それ以前も東北地方や北海道の蝦夷に朝廷は軍を送っている。

彼らこそ、日本の先住民、ネイディブ日本人だったんじゃないですか?

ヨーロッパから渡ってきた白人たちが、アメリカインディアンを北米から駆逐してアメリカ国家を成立させたのと同じと考えるのが理解しやすいでしょう。

尤も、日本の場合、アジア人同士ですから、同じだとは言えませんが。

こう考えていくと、古代史で竪穴住居から優雅に和歌を詠む貴族への急激な発展や活発な外交が、スンナリとぼくは理解できるのですがどうでしょう?

こういう発想は、日本は単一民族国家だとして、愛国心をくすぐろうとする考えの持ち主には不愉快でしょうがね。^m^