コーランとテロ(その最終回) | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・っということで、今回長々とコーランとテロの関係について書いてきたのは、実は次のガンジーの言葉を紹介したかった、ただそれだけです。

『宗教は一カ所に到る別々の道である。同じ目的地に到達するのであれば、別々の道を歩んだところでどうということはない。事実、宗教は人間の数ほど多数存在するものである。』


この言葉こそ、いま宗教問題で悩んでいる人たちに必要な言葉じゃないでしょうか。

同じようなことを、ガンジーは次のようにも言っています。

『私はヒンズー教徒として本能的に全ての宗教が多かれ少なかれ真実であると思う。
全ての宗教は同じ神から発している。 しかし、どの宗教も不完全である。
なぜならそれらは不完全な人間によって我々に伝えられてきたからだ。
さまざまな宗教があるが、それらはみな同一の地点に集まり通じるさまざまな道である。
同じ目的地に到達する限り、我々がそれぞれ異なった道をたどろうとかまわないではないか。
又、どのような思想や行動をとっても、必ず反対をする人々がいる。
忘れてはいけない、彼らも正義なのである! 』


この言葉を聞いただけで、ガンジーはただ者じゃなかったことが分かります。

説明の余地はないでしょう。

只々、この言葉を何度も噛み締めれば十分でしょう。

宗教のことになると、みな血圧が高くなってしまうのは如何なものでしょう。

ガンジーのような大人の態度をなぜ取れないのでしょうか。

・・・・・・

蛇足と承知で付け加えますが、『宗教は一カ所に到る別々の道』の一箇所とはどういう意味でしょうか。

どんな宗教でも目的は同じ。

それは、【救済】じゃないでしょうか。

人々は弱く、そして愚かです。

先の見えない人生にしばしば迷うのが人間というものです。

その迷える人間を救済するのが宗教の役割でしょう。

結局はそこに至る道を示すのが宗教のはずです。

もし、一時の激情に駆られ、他人を傷つけるようなことがあれば、それは宗教の救済という本来の目的から外れてしまいます。

イスラム社会でそれが解決できないならば、あらゆる宗教は解決の手を差し伸べるべきです。

そのスタートの原点として、このガンジーの言葉から始めてはどうでしょうか。


・・・このシリーズおわり。