・・・・・・っということで、芥川シリーズはトイレに置いてあるkindleで用を足しながら読んでいる。
短編なので、ちょうど良い。(^^ゞ
【奉教人の死】
昔読んだ気がするなぁ~
教会の前に捨てられた赤ん坊が、大きくなるに連れて信心深くなり、キリスト教の聖者のようになる。
ところが、町の娘と過ちを犯し子供を儲けたという噂が起き、教会を追われ物乞いに身をやつす。
ある日、火事が発生し、その子をわが身を犠牲にして助けたあと自らは死んでしまう。
亡骸を調べてみたら、実は彼は女性だったことが判るというもの。
大ドンデン返しで、彼を誹謗中傷していた民衆はアッと驚く共に、読者も驚くという仕掛け。
御伽噺に近い作品だけれど、大衆の馬鹿さ加減を描いている。
【枯野抄】
小林一茶が臨終になり、弟子たちが枕元に集まっている場面。
この作品は知らなかったけれど、スッゲェ~~~と思わず、クソをしながらつぶやいてしまった。
何がスゴイって、弟子たちの心の奥底を容赦なく抉り取って入るんですね。
芥川の凄いところは、本音と建前のうち、建前の部分を剥ぎ取ってしまうところなんですね。
普通、臨終の場で参列者はエゴを隠そうとするものでしょ?
本当に悲しむべき場で、師匠が死んだあと自分はどういう身の振り方をすればいいかなどと考えるべきではないと。
それを、芥川は正面から一人一人のホンネを分析している。
まるで冷淡な心理学者のように。
優れた小説家というものは、優れた精神分析医であるようだ。
芥川のスゴさを感じた作品でした。
【きりしとほろ上人伝】
これもキリスト教をベースにした作品。
芥川にしては笑いを取ろうとする御伽噺。
・・・っと同時に、失敗作。
ある心優しき巨人が本当に仕えるべき主人を見つける物語。
その主人とは、キリストであったというオチ。
【蜜柑】
超短編。
芥川ほどの偉大な(?)小説家ともなると、汽車に乗って一駅移動する間でも作品をモノにしてしまう。
彼独特のモノトーンの世界を、ミカンの明るい色がパラパラと横切る。
映像効果を文章で狙っている。
汽車で移動するってイイナァ~~
トンネルに入る前、煙が車内に入らないように窓を閉めるって、ぼくの世代ではかろうじて記憶している。
新幹線で移動する場面を作品にするなんて、至難の業だ。
(>_<)