・・・・・・っということで、日本刀は物凄く切れる。
幕末時、日本を訪れた多くの外国人は、その切れ味抜群の刀を腰に帯びた侍に恐怖心を抱いていた。
多分、世界で一番切れる剣であろう。
・・・と同時に、世界で一番取り扱いの難しい武器でもあろう。
下手に振り回すと、自分自身を切りかねない。
日本刀は、それを取り扱う人間は相当な人物であることを求める。
相当な人物とは、技術のみならず、精神的にも優れた人物である。
武士道精神は、日本刀無しには語れないはずだ。
そこが他国とは異なる日本独特の文化であろう。
他国の剣は、力で振り回すものが主流だ。
語弊があるだろうが、外国では野蛮な精神の持ち主のほうが優れた剣士じゃないだろうか。
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さて、「ペンは剣よりも強し」といわれる。
これについては、一昨日の【むやみに言論の自由を唱えることなかれ】で書いたので、繰り返さない。
今日は、それをちょっと進めてみたいと思う。
テーマは【ペンは機関銃よりも強いか?】である。
同じ武器でも、剣と機関銃では全く異なる。
多少の訓練は必要だが、機関銃は引き金を引く指さえあれば相手を殺傷することが出来る。
しかも、自分が安全な場所にいても可能なのである。
剣は剣を通じて、相手の肉が骨が切れる感触が切った側に伝わる。
返り血も浴びるだろう。
そこからは人体の温かみも、相手の生命力も伝わってくるはずだ。
それをもって、自分の行った行動の意味がわかるはずである。
即ち、相手の命を奪う行為である。
機関銃をもって、相手、それも武器を持たない者を一方的に射殺する行為は、武士道とは最もかけ離れた、対極の位置にある者によって成される。
そういう者に対して、ペンは全く無力である。
ぼくの結論は、【ペンは機関銃の前では全く無力である】だ。
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さらに、話を進めたい。
ここでいう【ペン】とは、言論の自由である。
最近問題なのは、そのペンを機関銃のように扱う者が増えている点である。
ペンが武器であるとすれば、その武器を扱う者もそれだけの人物であることが要求されるはずだ。
ペンを扱う訓練が成されていない者、ペンの怖さを知らない者が書いた文章が世間に溢れかえっている。
何を言っているのか、お気付きだろう。
最近のネットを介した文章の氾濫である。
如何にペンが怖いか、頻発している「炎上」とか、「食品異物混入事件」とか、「誹謗中傷」などの事件を見れば判るだろう。
イヤイヤ、ペンじゃないキーボードだよとかき回す向きもあるかも知れないが。
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やはり、プロの書いたものは違うと思いたい。
そういう意味で、新聞記者諸君には頑張ってほしい。
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以上、このブログで文章を垂れ流している自分への自戒の意味をこめて。