ご覧の通りなんてことはない空地がフェンスに囲われているだけなんです。
でもね、この場所はとんでもなく重要なんです。
だって・・・
この地で鎌倉幕府が終焉を迎えたのですから・・・。
これ以上、重要な地はないでしょう。
でも、誰も訪れる人はいない。
上空を舞う鳶の声だけが静寂を破るだけ。
この地で、北条氏が滅びたのです。
そう、北条氏。
北条高時は一族郎党870名あまりとここに立て篭もり、火をかけて最後を遂げた・・・・・・とあります。
870人ですよ。
870人・・・・・・
↓下は東勝寺に至る前の橋。
どぉ~でもいい短い橋ですが、ぼくの目から見ると、当時の戦いが目に浮かぶのです。
北条氏の主だった人達が寺に追い詰められて身を寄せ合う。
彼等を守るべくこの橋の前で必死に守る御家人たち。
870人のうち、殆どが女子供老人達だったはず。
だって、武士達は鎌倉防衛戦で消耗し尽くしていたはず。
ぼくには彼等の阿鼻叫喚が聞こえるのです。
1333年の出来事。
北条高時はここで自害したと伝えられています。
少なくともぼくが訪れたあいだ、誰ともすれ違いませんでした。
裏山は険しい細道。(これ、後で触れる重要項目です。)
鎌倉幕府終焉の地。
上空を舞う鳶のピーヒョロヒョロという声ばかりが虚しく降り注ぐばかりです。