・・・・・・っということで、コンピュータと人間の脳は似ているようで似ていないようで・・・。
ぼくの脳は歳をとるにつれ、だんだんと性能が落ちてきた。
パソコンも何故か使っていると、性能が落ちてくる。
同じ性能の低下といえども、脳とコンピュータとでは原因が違うようだ。
コンピュータの場合、性能はCPUに大きく依存している。
プログラムの進化は常にCPUの処理速度の向上を要求する。
したがって、一昔のパソコンは今のソフトを動かすだけの能力がないのである。
ところが、人間の脳はCPUを取り替える訳にはいかない。
各自生まれた時に与えられたCPUを一生使うしかないのである。
人間の脳の面白いところは、そのCPUを持ち主の意思や努力によってバージョンアップできることである。
バージョンアップを怠れば、その持ち主はそれなりの人生を送らなければならないのである。
まあ、人生はそんなに簡単なものではなく、バージョンアップなど必要ない環境に生まれついた人もいるのはご承知のとおり。
それと、生まれながらに高性能のCPUを持っている人間も多数いるので、簡単にバージョンアップだけの話ではないようだ。
所謂、頭の回転が良い人は必ず存在するので、努力だけの問題ではないことは明らかだ。
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話が逸れそうになったのでコンピュータと脳の話に戻す。
脳の性能はCPUだけの話ではない。
メモリとハードディスにも大きく依存しているようなのだ。
言わずもがなであるけれど、メモリは大きいほど性能が良いとされる。
メモリが大きいとは、作業する机の面積が広いということである。
広ければ、いろんな仕事を同時に処理することが出来る。
ところが、歳をとるにつれてその面積が狭まってくるようなのである。
乗せたと思っていた仕事をいつの間にか忘れてしまうのである。
机の上から物が落ちるように。
一方ハードディスクも劣化してくる。
データを蓄える容量そのものが、脳細胞が死滅することによってどんどん減ってくる。
新しく書き込めないし、むかし蓄えたデータが消滅してしまうのだ。
これは仕方ない。
それより問題なのは、ハードディスクに蓄えたはずのデータが欲しい時に取り出せなくなるのだ。
単語が出ずに会話が詰まることを頻繁に経験するのである。
これはツライ。
首尾よく思い出した時は既に手遅れなのである。
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ぼくの脳はそもそもそんなに性能が良いものじゃないのだが、老化によってそれが落ちるのを目の当たりに経験させられると、気が滅入ってしまう。
こんな簡単なことも出来なくなったのかよっ!!
こんな簡単なことも覚えられないのかよっ!!
と自分に毒づくことを日常的に繰り返すと、ホントーに滅入る。
滅入ると同時に腹が立ってくる。
それに加え、脳が命令したって、出力部分である体が思うように動かなくなるのである。
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まあ、若い人たちには想像付かないと思うので、コンピュータに例えてお話しました。(>_<)