
観光バスがたくさん停まっていて、ナンだよクルマでも来られるのかよとがっかりする。
そこでも中国人がギャァ~ギャァ~騒いでいる。
でも、登るだけの価値がある。
ここ白川郷の地理的な全体像が理解できるのだ。

いまはテーマパーク化しているので、本来の集落全体が何戸で構成されていたか、全体の人口が何人だったのが知る由もない。

だが、この集落が周辺から隔絶されていたことは分かる。
まるでタイムカプセルのようにこのような姿が保存されたのだ。
この集落が当時の自給単位だったのだ。

間違いなくこういう集落が日本中に無数にあったのだ。

外の世界に出るには、相当の覚悟が要ったことであろう。
必然的に、この閉じた世界で人々は一生を終える。

村の誰もが顔見知りだ。
この中で生まれ、成長し、顔見知り同士が結婚し、子供を儲け、そして死んでいく。
村外れには代々の墓地がいくつもある。

そんな生活が延々と繰り返されてきたのだ。
長い冬が終わり、雪が熔け、春が来て苗を植える。
天候を気にしながら稲穂が稔るまで丹精を込めて育てる。
村内にはいくつもの社が祭られている。
一発勝負の収穫を神に祈らざるをおられようか。
この村全体の命運がかかっているのだ。

無事収穫がを終え、神に感謝する祭が行われた。
長い冬に備え淡々と準備する。
藁仕事が中心だったのだろう。
囲炉裏を囲んで手作業を続ける。
深い雪に埋もれた冬はそんな毎日が続く。

知識として知っているそんな常識的なことが、ここを訪れると実感できる。
尤も、飛び交う中国語を遮断しなければならないが。
そんな空想に自分を委ねることができる人にとって、この白川郷は訪れる価値がある。
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