・・・・・・っということで、昨日TVをボォ~っと観ていたら、
アナタは「年功序列派か能力主義派か」のアンケートをやっていた。
これはとても難しい設問である。
当然、能力主義と応えるべきなのだろうが、日本人は何故か強く断定できない。
その理由は、「じゃあアナタには能力があるんですね」と問いかけられるからである。
日本人は能力があっても、自分を過小評価する奥ゆかしさがある。
日本以外の国では、胸を張って、「ハイ私には能力があります」と答えるのがアタリマエ。
能力がなくたってそう答えるのが常識だから、設問自体が外国では成り立たない。
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ぼくは、能力主義は当然だと思う。
だが、その能力をちゃんと評価できる上司が居るという条件付である。
能力もないのに、ゴマスリが上手い人間が出世していくのを何人も見ているから。
ホントーの能力は何かという問題になっていく。
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年功序列に反対するのは、無能な上に働かず、歳をとっているという理由だけで、能力のある若い人より高給を取っていることが問題だからだろう。
年功序列は、次の暗黙の了解の下に成り立っている。
1)若いときは経験も知識も技術も浅い。
2)年齢を重ねていくうちに、経験も知識も技術も上がっていくのは当然。
この二つの条件がそろっていれば、誰も文句は出ないはずである。
ところが、逆のケースが起きる。
a)若いのにバリバリ仕事が出来る。
b)歳をとっているくせに、仕事が出来ない。
この場合、会社にとって不利益であるばかりでなく、社員の士気が著しく下がる。
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ぼくの答えは「年功序列は必ずしも悪ではない」だ。
ぼくが経験した限り、殆どの社員がやり手ではない。
やり手ばかりの会社があったとしたら、全員がやり手ぶっているだけだ。(外国の会社なんかこれだ。)
殆どの会社が1)2)のほうが大多数で、a)b)のケースはごく一部で構成されているだろう。
そういう普通の能力の社員は、年功序列だったら、いま我慢していればいつかは自分の給料が上がるという安心感が持てる。
会社というものは、だいたい能力の違いが明確でない社員で構成されている。
不思議と似たようなレベルの社員が集まるものだ。
だったら、その微妙な違いが判断付きにくいなら、神様が決めた方法、即ち生まれた年順にすれば文句のつけようがないではないか。
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理想的には、基本は年功序列で能力のある社員には昇進への障害は設けないことだ。
そうしないと、本当に能力のある社員はサッサと会社を辞めるだろう。
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さて、いま日本で問題になっているのは、年功序列の崩壊である。
口ではウチの会社は能力主義だから、若くたって出世できますよといいながら、能力のない年寄りが依然会社の実権を握っているのである。
誰だって、自分の地位が脅かす若手が出てくるのは怖いのだ。
中国共産党や北朝鮮と同じだ。
選挙で選ばれもしない連中や血縁縁者が実権を握っているのと同じだ。
実は、これがいま一番問題なのである。
若くてホントーに能力のある社員が、安い給料でこき使われるのは、能力主義といいながら、ちっとも能力を認められないからなのだ。
何故なら、年功序列を廃したため、いくら長年勤めようと、給料を上げる必要がなくなったのだ。
目先ばかり見る経営者とはそういう人種なのである。
日本の会社の理想の姿は、やはり年功序列を基本とすべきであろう。
そして、能力のある社員には昇進に障害を設けないことじゃないだろうか。
そのために、能力をきちんと評価できる上司の質が問われている。