「Let it go」と「Let it be」 | so what(だから何なんだ)

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・・・・・・っということで、ご覧のとおりヒマなので、「Let it go」と「Let it be」についての雑感。

映画を観ていないので、歌詞を調べてみました。



主人公の女の子は超能力を持っていて、それをひた隠しにしていたのだが、それを解き放つという意味で「Let it go」は使われているようです。

It's time to see what I can do
To test the limits and break through
No right, no wrong, no rules for me,
I'm free!

というフレーズがミソでしょうか?

そもそも、気にするなとか、あきらめろと言うネガティブな意味の方で使われるのが多いようですが・・・・


親が子供に対する態度、先生が生徒に、管理者が部下に対する態度としても考えられますネ。

似たような歌詞で、「Let it be」が連想されます。

こちらもほっておく、なるがままにさせておくというネガティブな意味が強いようです。

こちらも歌詞を調べてみると、耐え忍んでいればそのうち良くなるサという感じで使われています。

・・・・・・

さて、小保方嬢事件である。

若い研究者に対して、どの程度Let it goという態度でいるべきか。

言うまでもなく若い研究者は大きな可能性を秘めている。

だが同時に、未熟であることも事実だ。

理化学研究所は常にそのジレンマに悩まされていることだろう。

日本人は、上のものが下のものを管理する社会だったと思う。

それでは若い人が小さくまとまってしまい、才能を伸ばす機会が失われる。

そういう社会は萎縮してしまう。

ようやく自由にやらせることの重要性に気付いているが、それが身に着いていないのが日本の現状ではないだろうか。

若い人達に「自由」にやらせるのはいいけれど、それが「放任」になってしまっているのではないか。

「自由と放任」似ているようで、ビミョーに違う。

自由な環境に置いて若者の能力を最大限引き出すには、適度な管理下で行われるべきであろう。

残念ながら、日本の研究者の世界はそれが上手くいっていないようだ。

もっと広げて考えると、これは全ての教育に通じる。

日本の社会がまだ大人になりきれていないと断定してしまうのは言いすぎだろうか。

「Let it go」と「Let it be」からの連想でした。(;^ω^A