疑い深いトマス(Doubting Thomas) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、サンタさんを信じますか?

という設問。

ぼくは小学校5年生まで信じていた。

不思議で不思議で仕方なかった。

そこで小学生5年生のぼくは、家中を捜査し、プレゼントの61式戦車のプラモデルを
親が戸袋に隠してあるのを見つけてガッカリしてしまった。

そのとき親が言った言葉「もういいでしょう?」・・・・は、今でもはっきり記憶に残っている。

いまの子供たちは、サンタを信じるか?という設問さえ理解できないのかも知れない。

だって、フィンランドのサンタがトナカイが引くソリに乗って、空を飛んで子供たちに玩具を配るんですよ。

あり得ない・・・の一言でしょ?

今まで信じていたほうが不思議といわざるを得ない。

ヨーロッパはいいですよ。

煙突があるから。

でも、日本の家に煙突があるか?

こんな矛盾はいまの子供たちが気付かないはずがない。

あまりにも非科学的でしょ?

・・・・・・

そう、非科学的。

だけれども、非科学的だからサンタクロースは存在しないと結論付けていいのだろうか?

・・・っと、歳を取ると思うようになる。

そもそも、サンタが存在するかしないかの基準はナンだろうと考える。

居るか居ないか。

目で確認できて、手で触って初めて存在というものを理解できるものでしょう?

じゃあ物理的に確認できないものは、全て存在しないといっていいのだろうか?

ねえ、それでいいの?

物理的に確認できたものは全て存在する。

・・・っと認識していいのだろうか?

おっと、それは正しい。

ならば、サンタが居るか居ないかを確認するためには、今夜世界中の子供たちが煙突の出口である暖炉の前で待ち構えて、煤だらけのサンタを触って初めて信じなきゃならんでしょ?

でもねぇ~~~触って感触が得られたものしか信じないというのは、チト寂しいですよね。

もし、そうならば、TVで映る映像を信じるためには、一々その場所に行って、手で触れなければ信じないってことになるでしょ?

そういう疑い深い視聴者ほど、TVの映像をそのまま信じてしまうものなんですヨ。




「疑い深いトマス:doubting Thomas」好きなんです。

彼は、復活したキリストを信じられず、脇腹の傷に指を突っ込むほど彼は疑い深かったのです。


ぼくは歳を取ってだんだん考えるようになったのです。

触らなきゃ分からないもの、自分の目で確かめなきゃ分からないものって、ホントーに真実なのだろうか?・・・って。

心の中だけで存在するものって、物理的に存在するものよりも、エラク(?)ないのか?



ならば、「存在」ってなんだろう?・・・って思いません?

ドォーでもいいじゃないか、触れられるか否かなんて。

その代表的なものがサンタクロースなのじゃないかな?

ここまで社会的に影響力があるのなら、サンタは「存在する以上の存在」じゃないか?

そう考えてもイイんじゃない?