【チベット旅行記】 | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、読書感想。

ここには本物の冒険がある。

命がけの冒険である。

現代においても命がけ冒険があるじゃないかと言われるかも知れないが、それは命を危険に晒すことでスリルを味わうもので、成功しても自己の虚栄心が満たされる種類の冒険である。

彼の場合、チベット仏教を会得するのが目的で、冒険そのものが目的ではない。

だが、どんな冒険家も成し得なかった冒険を達成したのである。

河口慧海(えかい)32歳のときにチベット行きを決行。

1897年から1903年にかけて当時鎖国をしていたチベットの潜入に成功した。

明治30年である。

無名の一僧侶に過ぎないが、明治の人間って物凄いガッツがあったのだなあと感心させられる。

そして、学識の高さ、ものの考え方、人間としての完成度は現代人の比ではない。

チベットに潜入する前にインドでチベット語を2年間学び、読み書きも含め完全にマスターしてしまうところがスゴイ。

無茶な冒険のようできちんと準備をしている。

関所は通れないので、間道をまさしく命がけで踏破する。

途中、川で溺れそうになったり、何度も凍死寸前になったり、強盗に身包み剥がされたり・・・

現代の装備でも遭難間違いなしのところを、当時の貧弱な装備でヒマラヤ地域を地図もなしに目的地まで辿り着いたのである。

しかも食べ物は麦焦がしとか、蕎麦粉を練ったものしか食べず、僧侶であるため肉はご法度。

それも午後は食べ物は一切口にしないという徹底ぶりである。

まあこの辺の物語は、本を読んでもらうしかないのだが、冒険に係わる要素は全て登場する。

危機に直面したときの切り抜ける叡知は舌を巻くしかない。

チベットの首都ラサに着いてからがまたスゴイ。

セラ大学入試に楽々合格、専門外の医者としての名声を得、法王に拝謁するまでになる。

日本人とバレてからの脱出記も手に汗握る一大冒険譚。

ホンマかいな?というくらい、まるで神がかり(仏がかりというべきか)の連続である。

教養がある上、肝の据わった人物で、会う人は民族、身分の違いを超えて彼に魅了されてしまう。

そんな第一級の人物が明治時代には、それこそゴロゴロしていたのだろう。

110年前の話であるが、今の日本の現状を見るにつけ、色々と考えさせられてしまった。

文庫本5冊のボリュームであるけれど、本物の冒険を知る上で読む価値はありますよ。