流動性のない社会 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、突然思い出したけれど、新型インフルエンザの騒動は一体何だったんだろうかと。

あの時はパンデミックという単語が飛び交い、空港で隔離されたりしましたね。

マスクが飛ぶように売れた。

いつだったかなぁ~と思って調べてみると、2009年の話だった。

もう4年前の話なんですね。

騒ぎ過ぎという教訓も得たけれど、いまは安全だとは決して言えない。

今でも嫌な思い出として残っているのは、過度な風評。

どこかの学校の何かの運動クラブの選手がインフルエンザに感染して、その学校の生徒というだけで寄ってタカってばい菌扱いしたことあったでしょ?

あれは嫌なニュースだったなぁ。

・・・・・・

先の原発事故による風評被害はさらに輪をかけて酷い。

福島県出身だというだけで、転校生がイジメられた。

農産物も水産物も安全だと証明されても売れなくなってしまった。

廃棄物の受け入れもアアだコウだとイチャモンをつけて受け入れようとしなかった。

2年以上経過したにもかかわらずまだ解決していない。

なにが「絆」だ。

ほんと嫌なニュースだ。

・・・・・・

こうみてくると、日本人というのは非寛容な民族だと言われても仕方がない。

助け合うどころか、仲間外れにして差別しようとする傾向が強いのではないだろうか。

とくによそ者に対して非寛容だ。

仲間同士どんぐりの背比べをしたがり、たとえ優れていても異質な者に対しては排除しようとする。

原因はなんだろうと考えた場合、日本社会は流動性に欠けていることに気付く。

その原因は狩猟民族ではないと考えるのが定説だ。

流動性に欠けるから、滅多に転職しない。

海外に向かう意識が弱い。

ベンチャービジネスが育たない。

・・・・・・

一方、排他的なくせに、外からの権威に弱い。

アメリカ軍に占領された後の変わり身の早さを思い出せば十分だ。

いまでもガイジンだったら誰でもチヤホヤする癖が抜けない。

ぼくは別に社会学者じゃないけれど、流動性のない社会からは活力が生まれない。

絶対に。

ホント不思議なことなんだけれど、現代ほど流動的になれるインフラが整った社会はない。

移動手段だけでなく、通信インフラも、飛躍的に発達した社会であることは間違いない。

なのに、昔と比べ、流動性が失われたとはとても皮肉な現象じゃないだろうか。

人々は動くことによって、エネルギーが発生する。

情報交換をすることによってもエネルギーが発生する。

まるで摩擦熱のように。

・・・・・・

残念ながらどうすれば流動的な社会になれるか、ぼくには分からない。

外国の血を入れるというのも一つのアイデアであろう。

少なくとも、このまま硬直化を続けるなら、日本の将来はないと断言できる。