・・・・・・っということで、親が子供に暴力を振るうことについて考えてみた。
どんな親にとっても、子供は可愛いはずだ。
子供って大人に可愛がられるように作られている。
小さくて、目が大きくて、頭が大きくて、フニャフニャで、弱々しくて、
守ってあげようという気にさせるように出来ている。
人間どころか、動物の子供はみな可愛い。
それがどの時点で憎らしくなるのか?
泣き止まない。
勝手に動き回る。
親の言いつけを守らない。
そのうち口答えする。
そんなところかな?
だとすると、親の思い通りにならないからだろう。
先ほど憎らしいと書いたが、憎いから暴力を振るうというよりも、思い通りにならないから
暴力を振るうんじゃないだろうか。
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一方、動物の世界を見てみる。
子供に暴力を振るう親なんか聞いたことがない。
動物の子供だって、親の思い通りになんか行動しない。
だから子供なのだ。
とすると、子供に暴力を振るうのは人間だけだといえる。
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子供に対する暴力の段階を考えてみよう。
1.躾: いわゆる愛のムチ。
2.怒: 瞬間的にカッとなる。
3.支配欲: 親の抑圧感を子供に転嫁する。
4.快楽: 暴力の快感を子供から得ようとうする。
5.惰性: 暴力を振るっても何の感情も湧かない。
この中で許されるのは、1.のみだろう。
ベースに愛があるからだ。
それさえも、許されるかどうか微妙なところである。
それ以外は、親に問題がある。
大人であるはずの親が自分をコントロールできないのである。
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子供に限らず人を思い通りにするには、昔から二種類の方法がある。
一つは相手を説得し、理解させ、納得させて動かす方法。
もう一つは恐怖による方法である。
どちらが難しいか考えるまでもない。
最初の方法は手間がかかる。
自分の意志を伝えるための能力も必要だ。
一方恐怖によるのは手っ取り早くて簡単だ。
説明する必要もない。
短時間で済むので、軍隊に利用されるのはもっぱらこちらだ。
だから、恐怖による支配も時と場合によって、必ずしも間違いとは限らない。
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子供に対して、親の怖さを認知させるには説得ばかりでは不可能である。
たまには叱らなきゃならない。
それでもダメなときは痛い目に遭わせなければならないとこもある。
たぶん、動物の親もそうやっているはずだ。
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さて、暴力に走る親である。
どの親でも、最初は1.の段階が始まりだったと信じたい。
そこで止まって欲しい。
だが、人間である以上カッとくることもある。
そうなるともう動物以下になってしまう。
暴力を恒常的に振るうのは、その方法が簡単だからである。
手間がかからないからである。
考える必要がないからである。
じゃあ、暴力を振るう親は皆めんどくさがり屋で頭が悪いのか?
そうじゃないところが難しい。
本当は子供を愛しているのに暴力を振るってしまうことだってある。
愛しているからこそとも言えるかも知れない。
そこが難しいことだ。
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子供はバカじゃない。
親がどういう理由で暴力を振るうか。
5つの段階のどれなのか、見通している。
どんなに酷い暴力を加えられても、親の中に愛があると信じたいのだ。
それが子供たちの最後の拠り所なのだ。
子供たちにはそうするしかないのだ。