・・・・・・っということで、人々は無防備では生きていけない、
・・・ですよね。
だから、自分が傷つかないよう周囲に防壁(バリアー)を築く。
このバリアーの張り方は人によって、国によって個人差があるように思えませんか。
これは案外面白いテーマじゃないでしょうか。
バリアーは一重ではない。
何重も重ねる。
・・・・・・
ある人は、一番外側に強固な防壁を築く。
要するに水際作戦ですね。
そこのチェックを厳しくして、なかなか入り込めないようにする。
そこを通り抜けて来られる人なら安心なので、内側の防壁は比較的薄くする。
・・・・・・
またある人は、外側を比較的安易な造りにして、なるべく多くの人を受け入れるけれど、自分の一番近い防壁はがっちり固め、よほどのことがない限りコアの自分に触れさせない。
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もちろんバリアーを築く数、その厚さの変化、中心からどれくらいの距離に配置するかなど組み合わせは無限にあるに違いない。
こうやって書くと複雑ですが、人間はそれを意識していないのが普通でしょ?
でも、人間関係の築き方が不器用な人、上手く付き合う人の差はこの辺にあるのじゃないかと思うんです。
親しい人、身近な人と関係がギクシャクしだしたとき、これを考えてみるのもいいことではないでしょうか。
要するに、自分が長年かかって身に着けた作戦が間違っていないか見直すのです。
裏切られた、こんな人間だとは思っていなかったと口走る前に。
かつて好いていた人、愛し合っていた人が今では大嫌いになって、憎しみ合い、さらには殺意さえも抱いてしまうのはなぜなのでしょうか。
それは、相手を自分の中心まで侵入させてしまったからなのです。
自分の一番デリケートで柔らかい部分まで見せたから、誰よりも深く傷ついてしまったのです。
その反動として相手を憎むのです。
はるか遠くの防壁外の関係ない人にはそれほど憎しみは持たないものなのです。
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ところが、そんな防壁を全く持っていない人がたまにいるんですね。
それなのに、本人は全く傷つかない。
逆に、多くの人に愛されるのです。
赤ん坊のように。
不思議ですね。
でも、国となるとそうは行かない。
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日本人は割と単純な防壁じゃないでしょうか。
外側の防壁も強固に見えるが、実態は簡易な作り。
ひとたび内側に入り込めば、中心まで易々と近づくことが出来る。
外国の防壁は全く逆の構造のように見えます。
中心部分は決して触れさせない。
どちらの作戦のほうが優れているとは簡単に判断できませんが。
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じゃあオマエはどうなのかと聞かれれば、一番下手な作戦だと言わざるを得ないでしょうね。(^^ゞ