生への執着 | so what(だから何なんだ)

so what(だから何なんだ)

人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、こういうニュースは、ホントーに気が滅入ってしまいます。

「子どもに、もっと良い物を食べさせてあげたかった」という趣旨のメモを残し、28歳の母親と3歳の息子が餓死しているのが発見されたというニュース。

・・・・・・

話し変わって、【アウトロー】というトム・クルーズ主演の映画を、飛行機の中で観た。

駄作だった。

でも、こういう駄作の中にも印象に残るシーンはあるものです。

悪役のボスが、ヘマをした手下に、自分の指を食いちぎったら命を助けてやろうというシーンです。

そのボスの手を見ると指が数本ないのです。

それは戦時中、ボスは収容所で指が凍傷にかかり、放っておいたら壊疽になって死ぬ状況になった。

彼は生き残るために自分の指を食いちぎったのです。

その収容所で生存したのは、彼一人だったという話。

銃を突きつけられた手下は自分の指を咥えるが、どうしても噛み切ることが出来ないと泣き崩れる。

ボスは、「自分の命より鉛の玉を選ぶその気持ちが分からない」と呟いて、手下の頭を撃ちぬきます。

手下が食いちぎったとしても、命を助けたかは疑問ですがね。

・・・・・・

さて、餓死をした母子。

生への執着心が感じられない。

人間、追い詰められたら生きるためには何でもするはずだ。

いや、何でもしなくてはならない。

どういう背景があって餓死に追い込まれたかは分からない。

ぼくのような年寄りなら、状況によっては潔(いさぎよ)く餓死を選ぶこともあるかもしれない。

でも、自分一人ではなく幼い子供も餓死させてしまったのだ。

この若い母親はあまりにも「潔すぎる」。

・・・・・・

ヨーロッパを回っていると、駅とか観光地には必ずといっていいくらい「物乞い」がいる。

中には楽器の演奏や歌など、ちゃんと金を払ってもいいレベルの芸をしている者もいる。

だが、単に道端にうずくまって手だけを出している連中も多い。

身体障害者ならまだ分からないでもないが、健康そのものの若者だって厚かましく路上に身を投げ出してやがる。

丸々と太ったオッサンなんかを見ると、恵んでやる気になるどころか腹が立ってくる。

日本も昔は物乞いは普通に見られた。

だが彼らが日本の風景から姿を消して久しい。

・・・・・・

ぼくは餓死した母親に言いたい、本当に子供に食べ物を食べさせたかったのなら、なぜ物乞いをしなかったのだと。

日本で物乞いをすることはタブーじゃないはずだ。

珍しいのだから、案外いい稼ぎになるはずだ。

もちろん幼い子供を抱えたまま手を差し出すのだ。

たぶんそんなことをしていたら、警官がすっ飛んでくるかも知れない。

そうしたら自分の困窮を警官に訴えればいい。

追い払われたら、翌日また物乞いをすればいい。

そして毎日毎日、繰り返せばいい。

世界ではそれが普通なのだ。

まだ若いのだから体を売れとまではいわない。

少なくとももっと生に執着して欲しかった。

・・・・・・

ぼくの意見は極端すぎるだろうか?