・・・・・・っということで、今朝の毎日新聞にあった記事。
「風知草:グローバルの壁」
この中で、【グローバル資本主義の下で、人間いかに生きるべきかという価値観の均一化も進んでいる。理想主義はしばしば偽善を強いる。人は見たくない真実に出合うと逆上するんです】
という指摘は面白い。
「これは非歴史的(ahistorical)な議論だ。現在の価値観で過去を見た議論と言っていい。『それはひどいではないか』」というのが日本人を含めた常識人の偽らざる感情だ。
・・・・・・
ドイツのユダヤ人に対する対応は、日本人と対照的だ。
今回のヨーロッパ旅行で、ユダヤが過去に被った歴史に関するモニュメントをいくつも見た。
これはタブーに属する意見だが、ちょっとユダヤ人やりすぎじゃない?という気持ちになった。
それでも、ドイツ人は絶対に反論はしない。
ドイツも日本も戦勝国が主催する裁判で、戦犯と断罪された。
常に正義は戦勝国側にある。
ただただ、ひたすら黙って耐えるだけだ。
ドイツは耐えながらも、憲法を着実に改憲し、東西ドイツを統一し、戦争で破壊された歴史的建物を再建し、経済力を蓄えてきた。
同じ戦争で負けた国でも、ドイツは次の戦いに勝つために着々と国力をつけている。
一方日本はアメリカの支配から一向に抜け出す気配もなく、景気の上下を国力と勘違いして、一喜一憂している。
今回の慰安婦問題で、日本人は自分たちのグローバルな視点(国際感覚といってもいい)の欠如を痛感させられたのではないだろうか。