・・・・・・っということで、いまウィーンからザルツブルグに帰る列車の中にいます。
結論を言ってしまえば、行かないほうが良かったかな?
想い出というものは、大事なものほどそのままにしておいたほうが良い場合があるのですね。
35年前にぼくの心に刻まれたウィーンは、静かで、人が少なく、寒くて、ちょっと暗くて、若い人が極端に少なくて、老人たちがゆっくり暮らしている成熟しきった街。
10月の終わりから11月にかけてだったから、余計にそういう印象になったのでしょうが、いかにもウィーンらしい、いわば骨董品の風格が出てきた想い出だったのです。
ところが、今回のウィーンは・・・
喧騒に包まれ、人出が多く、暑くって、やけに明るく、若い連中がのさばっていて、そのくせ老人も派手な服装をして、世界のどこにでも在るような単なる観光地と化していたのです。
万が一、35年前に今回のような初夏に訪問していたとしても、こんな惨めな想い出にはならなかったはずです。
あの文化の香り芳しいウィーンはどこへ行ってしまったのでしょうか?
あのまま歴史に埋もれてしまう選択肢をとらずに、地下鉄を作って、トラムやバスを網の目のように張り巡らし、空港への直通電車を作り、巨大なショッピングセンターを作り、観光誘致に力を注いだのです。
その努力は報われました。
かつて遠くから見ることが出来たザンクト・シュテファンの尖塔は真下まで行かなくては拝めなくなりました。
かつて老人たちが日向ぼっこをしていた公園のベンチは、若者に占領されてしまいました。
民芸品やゴブラン織りの店は、けばけばしい安物のお土産店に取って代わられました。
昔、紳士たちがケーキを食べながらウィンナコーヒーを飲みながら談笑していたカフェは、マクドナルドに乗っ取られてしまいました。
街角であればどこでも出没する東アジア系の移民がカバブの屋台を出しています。
以前は誰でも無料で出入り出来たシュターツ・オパーは、解説付きのツアーでなければ見学できなくなっていました。
その付近では、貴族の服装を真似たダフ屋の連中が切符を売りつけようとしています。
・・・・・・
こんなのウィーンじゃない、とぼく一人が吠えても何の意味もありません。
これが現実のウィーンなのです。
・・・・・・
唯一、とても懐かしかったのは、当時泊まったホテルです。
まさか覚えているなんて、自分でも思っていなかったのですが、足が勝手にそちらに向かい、気付いたときはホテルの前に立っていました。
【Hotel Astoria】こんな一流のホテルに泊まったんだ。
あまりに懐かしかったので、ロビーにどんどん入っていきました。
フロントのお姉ちゃんと兄ちゃんに、「35年前にこのホテルに泊まったんだ」と告げると、とても嬉しそうな顔をしてくれました。
写真を撮っていいか尋ねると、どうぞどうぞと言ってくれた。
どの部屋に泊まったかまでは無理だけど、上等の羽毛布団だったことだけはしっかり覚えている。
そして、エレベータの位置。
ボーイが荷物を運んでくれたのだけれど、細かい金がなかったので、母親が日本製のタバコを一箱渡したんだっけ。
「今回は利用せずにゴメンね」と言うと、「また次にご利用くださいと」言われた。
そうね、35年前と比べると、今回は悲惨なほどボロいホテルを泊まり歩いているもんねぇ~(ーー;)
確かあの時は円ドルレートが300円近かったはず。
2年間の駐在を終えたばかりで懐が暖かかったことを加味したとしても、すごく奮発したものだ。
まっ、次にウィーンに来るとしたら絶対にHotel Astoriaに泊まるぞっ!!
・・・・・・って、今調べたら1泊110ユーロ位じゃない。
なんだ、全然高くねぇぞ。
あんな、銀座のど真ん中にあるようなホテルなのに。