酔っ払いのためのモーツァルト講座 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・っということで、ザルツブルグはぼくの憧れの街だったのです。

なんたって、モーツァルト生誕の地ですからね。

クラシックファンなら、「聖地」ですよね。

例によって、現代の俗物的な建物や交通機関や、もろもろの付属物一切を取り払って、モ

ーツァルトが生きていた時代をイメージします。

当時も丘の上からホーエンザルツブルグ城は威圧的なオーラを放っていたことでしょう。

川の流れもほぼ当時のままと考えていいでしょう。

その川を挟んでお城や宮殿のあるほうが旧市街です。

ぼくらがホテルに泊まっているほうが新市街です。

モーツァルトの生家は旧市街にあります。

そこから川を挟んで橋を渡ったところが、彼の住居です。

ホント、川を挟んですぐ向かい側といった感じ。

この、川を渡るか渡らないかがビンボー人とリッチマンの境のような気がしてなりません



彼は川のこっちで、彼の家からは背後の方向に住んでいる司教や王侯連中を意識しながら

作曲を続けたのでしょう。

ぼくはヒネクレ者ですから、こういう解釈をしてしまいます。

・・・・・・

彼は父親とともに各地を演奏旅行したといいます。

その中でもプラハは彼のお気に入りだったそうです。

そのプラハとザルツブルグとウィーンを比較してみる。

明らかに自由の空気はプラハに軍配が上がる。

・・・っと、勝手に自分で納得してしまう。

3つの都市をまわったから言える。

ハッキリ言って、彼は賞賛を受けたがっていた。

いわゆる「天才だっ!」という賞賛。

・・・違う、

彼はそんなものには飽き飽きしていたはずなんです。

それよりも、もっと彼の欲していた言葉は何だと思います?

「新しいっ!」であったとぼくは確信しているのです。

プラハの聴衆は、そういう反応で彼を迎えたはずなのです。

・・・・・・

彼の音楽を聴く今の人たちは、クラシックというジャンル、

すなわち「古い」という前提で認識しがちです。

ところが、当時の時代に心をタイムスリップしてみてください。

彼の音楽がいかに新しいかが分かるはずです。

宮廷音楽という「縛り」の中で彼はスタートしなければならなかった。

彼の手にかかれば、貴族相手にサロンで演奏される曲なんていとも簡単に作曲できた。

でも、それじゃ彼は満足できなかったのです。

一方、貴族連中を満足させなくてはならない。

なぜなら、金を稼がなくてはならないから。

その板ばさみですね。

・・・・・・

フィガロの結婚にしても、魔笛にしても、相当「俗っぽく」ぼくには感じられる。

彼の拠って立つ立ち位置が、貴族か若干大衆か常に迷いを感じる。

今の時代だったら、彼はそんな枠を超えて自由に飛躍したことでしょう。

でも、制約こそが人を自由にするということを思い出さなくてはならないでしょう。

今の時代に彼が生まれたと想像するのはとても楽しいことですね。


・・・・・・

なにかワケわからんことを書いてしまいましたが、現在ビール3杯目ゆえ、勘弁してください。