・・・・・・・っということで、いま数の子の粕漬けを肴に熱燗をチビリチビリ飲んでいる。
その前にビールをかなり飲んでいるので、意識がだんだん朦朧としてきた。
昨夜あれだけ飲んで、今朝はひどい二日酔いで苦しんだのに、日が暮れるとまた飲みたくなる。
迎え酒だぁ~~~~なんてね。(;^ω^A
完全にアル中だ。
そこで、数の子を食べならら連想をした。
プチプチと歯で砕ける食感が数の子の命だ。
数の子自体の美味しさはない。
だしを染み込ませるから食べられるのだ。
あのビニール製の包装用緩衝材の小さな気泡をプチプチ潰す快感と相通ずるものがある。
この食感のためだけに、何千何万と言う卵が潰されて、ぼくの胃袋に納まる。
そう考えると、ぼくの心の中に良心の呵責が頭を持ち上げてくる。
本来なら、この数の子の一粒一粒が生命として成長する可能性を秘めていたのだ。
分かってますって、全部受精したとしても、最後に残るのはほんの一握りだってこと。
一匹の母親ニシンが持つ卵約65,000個全部が成魚になったら、海はニシンだらけになってしまう。
もし神様がいるとすれば、その65,000の卵のうち、2匹成魚になれば種は保存されるはずだ。
2/65.000の確率だ。
神様は、こうやってぼくみたいな人間に食べられる分もちゃんと見越して、ニシンが妊娠する確率をお決めになったのだ。
・・・・・・・っで、人間は??
アッラァー・アクバル