・・・・・・・っということで、ショートショート。
・・・のはずが、かなりロングになってしまった。
まあ、その辺を覚悟して読んでください。
私は、いつものように居酒屋のカウンターで一人で飲んでいた。
2本目のビールをオーダーしたところで、小太りの男が汗をかきかきやって来た。
「おう、タモ遅かったじゃないか」と私。
「悪りィ~悪りィ~、帰ろうと思ったらサ電話がかかってきちゃってサ」
タモというのは田茂(たしげ)保(たもつ)といって、会社の同僚である。
正式なあだ名はダブルタモだが、プライベートでも仕事でもタモと呼ばれている。
私は彼のベルト辺りを見ながら「少しは効果が出て来たみたいだな」といった。
タモは腹をさすりながら「へヘヘッ、これでも毎日通ってるから」とニヤつく。
実は私の勧めでフィットネスクラブに通いはじめ、最近は醜く出ていた腹も少し引っ込み、全体的に一回り締まった感じになってきたのだ。
「LEOちゃん効果だな」と私がいうと、「デブはモテないから」といいながらタモは一気にビールを飲み干した。
LEOというのは、彼が通っているフィットネスクラブのインストラクターで、彼がいうには「黒木メイサ似の飛び切りの美女」らしいのだ。
彼は40歳近くなのにずっと独身で、たのしい男なのだが、結婚の対象にはなりにくいタイプだ。
その夜もずぅ~~っとタモはLEOちゃんのことを熱く語り続けた。
完全にホレている。
驚いたことに、オッカケをしているのは知っているのだが、時々会社を休むようになったのは、彼女の昼間のクラスに出ているからだったのだ。
・・・・・・・
そんなある日、タモがすっごく嬉しそうにしている。
周りの同僚が気味悪がるほど、ニヤニヤしっぱなしなのだ。
聞くところによると、LEOちゃんが足首を捻挫してしまって、ずっと代行を立てていたらしい。
どこをどう調べたか、彼女の通っている病院を突き止め、バラの花束を渡すことに成功したらしいのだ。
そそくさと花束を渡して、逃げるように走り去ろうとしたら、彼女が彼の手首を掴んで引止めたというのだ。
そこからの展開が、聞いていても信じられないのだが、一緒に食事をし、ショッピングに付き合い、最後には彼女の住むアパートまで見送ったというのだ。
さらに信じられないことに、別れ際に彼女がキスをしてくれたというのだ。
それも唇に。
タモの唇に、あの黒木メイサが・・・・・・・・・・
・・・・・
その後の展開は順調。
絵に描いたように順調。
毎日のようにデートを重ねているらしいのだ。
信じられん。
あくまでこれらはタモが説明してくれた内容で、ホントーのところは分からない。
私は既婚者なので、大きなお世話なのだが、黒木メイサのファンなのである。
タモに対して歪んだ嫉妬心を抱いていないといえばウソになる。
私は好奇心一杯で、LEOちゃんの本名は何かと尋ねてみた。
「真岡れを」というのが本名で、LEOは実名だったのだ。
最近の親はこんな名前でも平気で付けるものなのだ。
しかし、その名前を何処かで聞いたことがある。
そうだ、5年前、私がエアロビクスを最初に習ったインストラクターが確か真岡という名前だった。
彼女はとてもいいコレオグラフィー(振り付けね)を作るし、気立てのいい子だった。
しかし、どうみても美人じゃなかった。
差別用語を使わせていただくなら、ブスだった。
そのためもあってか、彼女のクラスは人気がなかった。
ぼくと彼女のマンツーマンのレッスンも何度かあったくらいだ。
しばらくして、彼女は私の通うフィットネスクラブから去っていった。
噂では田舎に引越し、そこでインストラクターを細々とやっているとのことだった。
・・・・・・・
私はどうしてもLEOちゃんのクラスに出て、確かめたかった。
だって、記憶の中の真岡嬢と黒木メイサはどうやっても重ならなかったから。
私はタモに彼女のレッスンに出てみたいと強引に頼み込み、ちょうどそのクラブがやっていた紹介キャンペーンを利用して参加することに成功した。
・・・・・・・
流石に人気のクラスだけあって、スタジオ内は超満員だった。
それも明らかにオッカケと分かる男どもばかりだ。
私は期待に胸を膨らませて、スタジオ入り口に立つLEO嬢に近付いていった。
違った、私の知っている真岡嬢とは似ても似つかない女性だった。
タモが私を彼女に紹介した。
ペコリと彼女は頭を下げ、長い黒髪をかき上げた。
ドキッした。
美人だ。
ひょっとして、黒木メイサより美人かもしれない。
タモは私の顔を見て勝ち誇ったような表情を見せた。
私が彼のいうことに疑いを持っていたことに気付いていたのだ。
んんん~負けた。
だが、彼女の目が私を見たとき一瞬、泳いだような気がした。
・・・・・・・・
レッスンはスゴイ熱気だった。
彼女を取り囲んだ男どもが、恥ずかしげもなく嬌声を上げていた。
タモは余裕しゃくしゃくで、スタジオの最後尾からそれを眺めていた。
・・・・・・・・
とても良く出来たコレオグラフィーだった。
しかし私は、なにか気分が乗らないままレッスンを終えた。
スタジオから出るとき、彼女が私を呼び止め、折りたたんだ小さな紙切れを渡した。
それは彼女の名刺だった。
最初にスタジオを出たタモはそれに気付かなかった。
・・・・・・・
後日、彼女が指定した喫茶店で待っていると、彼女がやって来て
「お久しぶりぃ~~」といいながら、私の目の前に腰をかけた。
それでも、私は半信半疑だった。
目の前のまぶしいほどの美女が、5年前のあの真岡嬢と重ならなかったからだ。
彼女の話した内容をかいつまんで説明するとこういうことだった。
5年前インストラクターになりたての彼女は、なかなか人気が出なかった。
彼女を気に入ってくれたのは、私くらいだったようだ。
彼女は人気が出ないのは自分の容姿のせいだと思ったようだ。
一度は諦めて地方都市で会社勤めをしていたらしいが、どうしてもインストラクターの夢を捨て切れなかった。
そこで、コツコツと溜めた給料を美容整形に充てたのだそうだ。
そして5年後、彼女はまたインストラクターとして東京で再デビューしたのだ。
その美貌のせいもあって、あっという間に大人気インストラクターになった。
しかし、逆に人気が出すぎて、同僚のインストラクターたちから疎外されるようになったらしい。
体の具合が悪くなってもなかなか代行も見付からず、無理して出ていたら怪我をしてしまったらしい。
そのとき、親切にしてくれたのがタモだったというわけだ。
美人は美人なりに苦労があるものらしい。
でも、それにしても何でタモなのだろう?
彼女が言うには、人は外見じゃないということだ。
彼女自身がそれを身をもって理解したのだと私に力説した。
彼女から頼まれるまでもなく、美容整形の件はタモには内緒にすることにした。
・・・・・・・・
彼女とタモの関係はその後、順調に推移しているように見えた。
ひょっとすると、二人は結婚するかもしれない。
そんな期待をさせられるほどだった。
ある日、いつものようにタモと居酒屋で飲んでいたら、明らかに悪酔いしているタモが苦しそうな顔をして私に打ち明けた。
それは、最後の一線をどうしても彼女が許してくれないんだというのだ。
上のほうはどうにかOKなのだが、下は絶対に手を触れさせようともしないらしい。
私は、「それはタモとの結婚を本気で考えている証拠じゃないか?いまどき珍しい女性じゃないか」
と慰めた。
・・・・・・
ようやくこの長いショートショートも終わりに近づいてきた。
その幕切れは、驚くものだった。
二人の関係は突然終わってしまったのだ。
居酒屋でタモが泣きながら私に語った内容は次のようなものだった。
その日タモは彼女のアパートに押しかけて、どうしても最後の一線を越えようと、強引に彼女をベッドに押し倒したそうだ。
嫌がる彼女の抵抗は予想以上だったらしい。
それでも、彼の手は彼女のスカートの下にもぐり込む事に成功した。
そこで彼の手が捉えたものは・・・・・・
まさかねぇ~~
彼女は言ったそうだ。
もう少し待ってくれたらお金が溜まるので、下のほうも整形して、完全な女になれるから・・・と。
私は泣きじゃくるタモにかける言葉もなかった。
だって、私自身、彼女は、いや彼は彼女だと信じて疑わなかったのだから。
・・・・・・・
これには後日談があって、その後二人はヨリを戻し、今では仲良く一緒に暮らしている。
結局、彼女(?)は手術をしないまま元気にインストラクターを続けている。
それは、タモが彼女に強く願ったことなのだそうだ。
しばらくして、私は彼らの新居に招かれた。
玄関には二人の真新い表札が並んでかかっていた。
「田茂 保」
「真岡 れを」
そうだよね、日本の法律では同性結婚が認められないからな。
でも、幸せだったらイイじゃないか。
そんなことを思いながら、玄関の呼び鈴を押そうとしたところで、フト私の指が止まった。
そしてもう一度、表札を見上げた。
「田茂 保」
反対から読めば、
「ホモダ」
「ホモだ」
そして、
「真岡 れを」
「ヲレオカマ」
「おれオカマ」
・・・・・・・