どぜうについて(その3) | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということでこれも書きかけの記事なので、テキトーに終わらせます。

ホントーは「リーダー論」を展開するつもりだったのだが、

ちょっと間を空けただけで、書く情熱が薄れてしまった。

言いたかったことは:

「時代はカリスマを持ったリーダーを欲していない」

・・・ということだ。

日本の野田首相が小粒だと言うが、世界を見渡しても皆小粒なリーダーなのだ。

ケネディや、ドゴールや、毛沢東や、チャーチルやレーニンのようなリーダーはもう時代に合わないのだ。

ヒトラーでもう懲りたのだ・・・というのは冗談で、

一人のリーダーに権力が集中する体制は時代に即さないのだ。

この時代、一人のリーダーがオールマイティーにリードしていくには複雑すぎるのだ。

既にリーダーは【調整型】に移っているのだ。

会社でもそうだが、優秀なリーダーの条件は【出来る人をいかに沢山知っているか】なのだ。

自分で出来るより、出来る人のチャンネルを豊富に持っていることのほうが大事なのだ。

そうすると、イヤでも【調整型】にならざるを得ないのだ。

【オレについて来い】タイプじゃないのだ。

そう意味において、野田総理の力量はお粗末だが、少なくともリーダー像は正しい選択をしているのである。(ドジョウという比喩は冴えないが。)

菅前総理はそこのところを勘違いしていたのだ。

賭けてもいいが、橋下大阪市長が高転びするのは時間の問題なのである。

・・・・・・

ホントーはもっと書くつもりだったが、今回はここで終わる。

日本国民は、自分達にとってどんなリーダーが理想なのかをじっくり考える必要があると思う。

少なくとも、カリスマ性を持ったリーダーではないことだけは確かなことだ。