【The Pacific】その3 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、書きかけで年を越すのもナンだから、テキトーにまとめます。



この戦争ドラマでの日本兵の描き方はヒドイ。

まるで人間として見ていない。

地獄から這い上がってきたゾンビみたいに描いている。

だから、殺しても何とも感じなくなる。

日本兵が負傷していても、丸腰でも、容赦なく撃ち殺す。

日本兵は不潔で、汚れていて、ボロをまとっていて、

全裸から半裸の状態で(丁寧にフンドシをしていているところまで描いている。)

・・・と、全く兵隊の体裁をしていない。

その連中が、バンザイ攻撃を仕掛けてくる。

銃剣を付けて、あるいは日本刀を振りかざして、米兵の待ち構える銃口の前に、

馬鹿の一つ覚えのように、次から次に身を曝してくる。

たぶん日本の感覚だと、それが相手に恐怖を与えると考えただろうが、勘違いも甚だしい。

馬鹿としか見えない。

米兵も、日本人は死ぬのが怖くないのだろうかと呆れる。

そして、日本兵の卑怯さをこれでもかと描写する。

即ち、死んだマネをして、後ろから撃つ。

降伏すると見せかけて、米兵に抱きつき、手榴弾を爆発させる。

甚だしいのは、赤ちゃんを抱いた民間女性に爆弾を巻かせ自爆攻撃を仕掛ける。

そうなったら、片っ端から撃つしかない。

主人公が何度もつぶやく、「何で降伏しないんだ?」。

このつぶやきこそ、今回の太平洋戦争のキーワードだ。

・・・・・

日本側から見ると、この日本兵像は我慢ならない。

だって日本人は自分のことを、名誉を重んじ、勇敢で、誇り高い戦士であると自認している。

これらは武士道(or Samurai)という美徳として、広く世界に認識されているはずじゃないか。

ドラマの中で、虫けらのように殺されていったどの日本兵にも、母親がいて、大事な家族を持っていた。

誰だってあんな遠く離れた島で死にたいなんて思わず、生きて祖国に帰りたいと切望していたのだ。

だが、ドラマの中では全くその視点が欠落している。

邪悪な存在だから、殺してもいい。

いや、殺さなければ自分が殺されるのだ。

これには、ぼくも見ていて腹が立ってきた。

だけれども、チョッと待てよ・・・。

あくまで、これは米兵からの視点であり、それを正直に描いただけじゃないか。

ドラマの中では、日本人を軽蔑を込めて「Jap」と呼んでいた。

耳にタコが出来るくらいJapを繰り返した。

今なら大問題だが、当時は(そして今も?)そう呼ぶに何の躊躇をしなかった。

そう、正直に描いただけなのだ。

・・・・・・

そう考えると、確かに当時の日本兵は汚れて餓えて、まるで正規軍の兵士には見えなかっただろう。

繰り返されるバンザイ攻撃も、馬鹿にしか見えなかっただろう。

対戦相手にどう見えたか。

それを知ることは大事ではないだろうか?

あとから、いくら美化しようとしても、当時の日本軍の実態はそんなものだったと認めることは大事ではないだろうか?

いくら自分で誇り高い武士だと主張しても、米国の目から見ればゾンビなのだ。

これは、教訓になる。

現在の日本でも貴重な教訓になる。

【相手からの視点を正確に掴むことは、とても大事である。】

ここで、「相手」を「世界」に置き換えても良い。

これが教訓の第1。

・・・・・・・

長くなったので、教訓の第2は別の項に譲る。