・・・・・・・っということで、新聞を読んでいたら、
【正しい疑い方】という表現に出合った。
書いているのは東大の教授で、最近の学生は(インターネットなどから得た)情報に対して信頼感を持って接しているということに驚いているというくだりだ。
普通の感覚では、若い人たちはぼくらの世代よりずっと多くの情報に接していて、
ずっと上手く取捨選択をしているものと思いがちだ。
新聞記者(というプロの書き手)が責任を持って書いた情報と、
(発信元さえわからない)ツイッターなどから拾ってくる情報と同レベルの感覚で接しているという危惧だ。
そして、これからの学生には【正しい疑い方】から教えなければならないのかと嘆いている。
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ぼくは、この意見にはかなり賛成だ。
これまでのマスコミには、世論操作の匂いが完全になかったとは言えない。
いままで、何度も騙されてきたからだ。
それを嗅ぎ取るのが我々読者としてのレベルの高さであるはずだ。
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アラブの春では、ツイッターとかfacebookの良い面を強調され過ぎていると感じている。
現在独裁国である国々は、新しい形の脅威として受け止められているはずだ。
だが、【正しい疑い方】を知らない民衆が、
それにそそのかされる危険性を良く考えてみなければならない。
実際は、アルジャジーラが衛星放送やインターネットを通じて流す情報の方が影響力があったのではないか?
そのあたりを検証してみる必要があるのではないか。
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自慢ではないが、ぼくがいま展開したようなことが【正しい疑い方】なのではないだろうか?