永遠の素材 | so what(だから何なんだ)

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人生のバックパッカーのブログです。
暇はあるけど体力と金と気力がない。
そんなお年頃。
68カ国で止まったまま先に進みません。(;^_^A

・・・・・・・っということで、何事も一定レベル以上上手くなろうとしたら、


壁がある。


その壁を乗り越えると、ウソのように上手くなる。


そしてまた壁だ。


壁を軽々越える人は、才能があるといえる。


普通は、壁を乗り越えるために悩む。


一生懸命努力する人もいれば、回り道を考える人もいる。


まあ、とにかく乗り越える。


だけれども、永遠に越えられない壁はいつかはやって来る。


それでも諦めずに、チャレンジし続ける人もいるだろう。


だが、もう心も体もボロボロだ。


それはそれで崇高な生き方だと言える。


・・・・・・


それとは反対に、すぐに諦める人がいる。


努力というものが嫌いか、そもそも出来ないタイプの人間だ。


だが、そんな人に対して無理強いは出来ないだろう。


それはその人の生き方なのだから。


越える能力があるのにと周囲の人は残念がるが、


越える越えないは本人の意思にかかっているのだから。


・・・・・・


ところがここにもう一人厄介な人間がいる。


能力があって努力も出来るのに、壁の前で引き返してしまう人間だ。


こういうタイプの人間は一芸に秀でることはない。


どれもコレも中途半端だ。


ある程度(それも相当程度)行くのだが、それ以上前に進もうとしない。


いろいろと手を出すが、齧りかけばかりで何一つモノになっていない。


才能がないと言ってしまえばその通り。


しかしその人にも言い分がある。


自由でいたいのだ、


いつまでも素材でいたいのだ、


・・・・・・・っと。


ちょっと、これには説明が必要だ。


例えば仕事。


ある仕事でその人が実績を上げたとしよう。


会社はその人物の能力を認め、どんどん昇任させそのセクションの責任者に据える。


業界でもその分野のオーソリティーとして認められ、会社に貢献しめでたく定年を迎える。


それはとても恵まれたサラリーマン人生といえよう。


だが、その人は途中で後輩に仕事を委譲し、もうその仕事に対して興味を失ったように見える。


そして、新しい分野の仕事を渇望する。


不思議なもので、新しい仕事は巡ってくるものなのである。


また息を吹き返したみたいに俄然新しい仕事に没頭する。


もちろん成功ばかりではない。


失敗もある。


一つの仕事を続けていたほうが、本人にとって幸せだったはずだ。


なぜなのか?


そう、その人にとって自由でいたいからだ。


先の人生が描けるようになった途端、その仕事に対する興味を失ってしまうのだ。


なんだ、飽きやすいだけじゃないかと言われるかもしれない。


うぅ~~ん、ちょっと飽きるとは違うんですよね。


以上、理解していただけたでしょうか?