・・・・・・・っということで、なんか中途半端になっている二人のやり取り。
前回はどこまで書いたか忘れちゃったので、リセットして書き始めます。
・・・・・・
(八っつぁん)
おぉ~い、源さん聞いてくれよ。
(源さん)
おう!八っつぁん、えらく久しぶりじゃねーか。
ところで、どうしたそのツラ。
(八っつぁん)
昨夜、かかぁと喧嘩しちまってさ、ボコボコにされちまったんだ。
(源さん)
そういや、オマエんちのカミサンは腕っ節が強そうだからな。
ところで、なんで夫婦喧嘩になったんだい?
(八っつぁん)
かかぁが言うには、わたしのことを全然愛してくれないって・・・
(源さん)
それって、夜の話か?
(八っつぁん)
へへっ!まあ、それもあるけど、結婚以来一度も「愛してる」って言ってくれないと怒っているんだ。
(源さん)
それは、ワシも同じだ。
冗談めかして言ったことはあるが、まじ顔で「愛してる」なんざ言ったことないな。
(八っつぁん)
そうだろう?
なんか、こっ恥ずかしくて言えやしねぇ~ぜ。
(源さん)
だからといって、八っつぁんがオマエの女房を愛していないってこたぁないだろう?
(八っつぁん)
そりゃぁ時々は、浮気心は出てくるけどさ、かかぁのことを一番大事に思ってるさね。
(源さん)
世の中の亭主の殆どは八っつぁんと同じ気持ちなんだがな、女というものは具体的な言葉や態度で示されないと、納得がいかねぇ生き物なんだ。
でもな八っつぁん、単に男が照れ臭いから「愛している」ってぇことを口に出来ないだけじゃないんだ。
(八っつぁん)
あっしは、照れ臭いだけなんだけどなぁ。
(源さん)
そもそも「愛」ってぇ言葉は日本語にはなかったんだ。
外国から輸入された「Love」という言葉に無理やり当てはめたんだな。
(八っつぁん)
そうすると、それまでの日本人は「愛」なんて言葉がなくたって、不自由していなかったってぇことだな。
(源さん)
おまえさんはときどき、とんでもなくいいことを言うね。
それなんだよ、日本人が気安く「愛してる」なんて言えないのは。
(八っつぁん)
おれ何かいいこと言った?
(源さん)
そもそも、「愛」なんてぇ言葉の定義はいい加減なものなんだ。
耶蘇教(キリスト教)なんか、「愛」だ「愛」だってウルサイほど押し付けやがるんだな。
神の愛とか、隣人愛とか、人類愛とか、無償の愛とか・・・
(八っつぁん)
なんでぇ?そんなに種類があるのか、愛してるってぇ言葉に。
オレなんざぁ男と女がチチクリあう愛で十分という気がするがな。
(源さん)
オッと、八っつぁんその話はやめてくれ。変な方向に行く気がする。
だが、さすが八っつぁん、いいところに気付いた。
愛という言葉を作ったがために、西洋人はその定義に苦しんでいるんだな。
一方では性行為を示す言葉であり、
もう一方では人類愛まで幅広い言葉になっちゃったんだな。
神の愛を説明するために、さらに余計な言葉を作り出して、
がんじがらめになったってぇのがワシの見解だがな。
(八っつぁん)
なんか、源さん興奮してきたみてぇだな。
(源さん)
八っつぁんも分かるだろうが、愛とは拘ることと一緒なんだ。
(八っつぁん)
なっ、なんだよ藪から棒に。
確かに、女子(おなご)に惚れたら、その子しか目に入らねぇからな。
拘るっていうことには違いはねぇわな。
(源さん)
拘るってぇのは、悪いことなんだ。
第一、視野が狭くなる。
視野が狭くなるということは、選択肢が限られるということなんだ。
拘っていいことなんか全然ないんだ。
唯一いいのは、拘りという意味が「妥協のない」という意味で使われる場合だけなんだ。
(八っつぁん)
・・・・・・
(源さん)
対象を愛せば愛するほど、その見返りに自分も愛されたいと願うものなんだ。
これはアタリマエの感情で、恥ずかしいことじゃないんだ。
ところが、相手はそんな都合のいいものじゃない。
自分がイヤだなぁということでも平気でやる。
例えば、自分以外の異性にちょっかいを出しているところを目撃するとかな。
そこでだれでも、普通以上に傷付くんだな。
他人がやっても、なんら気にならない些細なことでも気になる。
愛している対象が変化するってことも、なかなか受け入れられない。
自分だって変化する。
そこで、そんな人でも全てを受け入れられるのが本物の愛だなんて説明するんだな、苦し紛れに。
だが、それはオカシイ。
本物の愛といった時点で、偽物の愛というものが出てくる。
そうすると、神の愛とか、隣人愛とか、人類愛とか、無償の愛とかを次々定義しなきゃならなくなる。
それは、愛というのが【拘る】という意味を持つからなんだ。
日本人はそんなヤヤコしいことは分からないまでも、何か愛という言葉に【胡散臭い】ものを本能的に感じるんだと思わないかい?
八っつぁんが女房に向かって「愛してる」なんて言わなくても、分かってるじゃないか。
言う必要がないだろう。
言う必要がないものに、言葉を与えなくたってなんら不都合なことなんかないじゃないか。
世の中には、そんな言葉で溢れている。
いちいち定義したがるのは、西洋人の悪い癖だ。
言葉というものは、とても有効なものだ。
頭に浮かんだことを、具体的に整理することが出来るからだ。
それを文字にして書くということも、さらに整理するうえでは役立つ。
だけれども、言葉を作るときは余程注意しなくちゃならない。
不確かな定義のために、それを説明する言葉を次々に発明しなくちゃならない。
愛っていうのはとても大事な概念だけれども、安易に使われすぎていて、
そういう風潮に、ワシはあまり賛成できないな。
それよりも、【慈悲】という言葉の方がずっと正確で、味わいのある言葉だと思う。
次に機会があれば、八っつぁんにもこのことで話し合いたいな。
(八っつぁん)
いつものように、源さん酔っ払ってるけど、それにしても長いこと一方的にしゃべりまくったなぁ今日は。
(ーー;)